『金は払う、冒険は愉快だ』(川井俊夫 著)素粒社

 あの世とこの世は、どちらが不可解でヤバいのか?『金は払う、冒険は愉快だ』を読んでいると、断然この世の方が不可解でヤバいと思えてくる。

 関西のとある町で古物商をしている作者、川井俊夫さんの経歴を見ると、アングラ水商売、アルコール依存症、ホームレスとあり、一筋縄ではいかない。だが、現在は真面目に古道具屋を営んでいる。いや真面目なのかどうかはわからないが、古道具屋として己のルールに従い道を外れぬように生きておられる。

 店には、さまざまな人がやってくる。詐欺師もいる。元ヤクザや猫もいる。買い取って欲しいものがあるから家に来て欲しいと言われれば、そこにおもむく。たいがいホコリまみれだ。かつて所持していた人の何かがこもっている感じもする。だが、そんなことは関係ない。川井さんはガンガン仕分けて、査定をし、金を払って去っていく。その姿は爽快だ。無駄がない。誰も入りたがらないヤバそうなガレージの2階を整理することもある。持ち主も「何度か白鬚様の御祈祷も受けています」などと言う。けれども、オカルト的なことなどどうでもいい、やはりガンガン仕分けていく、金目のものはあまりなかったしオカルト的なことも起きなかった。しかし、その晩、一緒に仕事をしていた仲間が倒れて病院に運ばれる。怨念なのかどうなのか? たぶん偶然で現実だ。お宝が出てくることもある。ゴキブリの卵とカビをかき分けると、金のゴブレットが出てきた。ほんの一瞬、他のものと混ぜて持って帰ろうかと考えてしまうが、次の瞬間、「オイ! とんでもねえやつがある! さっさと降りてこい!」と2階にいる家主の爺さんにキレ気味に叫んでいる。川井さんは、なにかとキレ気味だ。でも、そこには、人間だからどうしようもねえといった諦めとユーモアがある。

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 奥さまとの出会いが書かれている項もある。当時の川井さんはアルコール依存症で、南の島に行き野宿をしていた。半分廃人だったが、寝て起き、釣りをして、海を眺めていると、少し気力が蘇ってきた。そのとき旅に来ていた女性と会う。現在の奥様だ。この項のぶっきらぼうで清々しさのひろがる文章を読みながら、川井さんは詩人なのだと感じた。廃人になりかけても詩人の血が流れていた。

 昨今、この世はめちゃくちゃだ。日本は関西の古道具屋にフォーカスを当てれば、ここで起きていることも結構めちゃくちゃだ。でも、その店の店主には情がある。悪態をつきながらも人や猫を救っている。世界をマシにするのも、ちょっとした情があれば良い、だがそれすら消え失せてしまっている。それでも現実には、川井俊夫という最高にユニークでクールで情のある作家がいる。もしかしたら世の救いになるかも知れない、いや大袈裟か、だが本当に愉快な本であるのは確かだ。

かわいとしお/1976年横浜生まれ。中卒、水商売、ヒモ、放浪、アルコール依存症、ホームレス、会社員、結婚を経て、現在は関西某所で古道具店を経営。著書に電子書籍『羽虫』。
 

いぬいあきと/1971年、東京生まれ。作家、劇作家、役者。著書に『まずいスープ』『すっぽん心中』『のろい男 俳優・亀岡拓次』ほか。