1909年に発売されて以来、たびたび論争の種になってきた「味の素」。特定の調味料がこれほどまでに物議を醸すのはなぜなのか。生活史研究家の阿古真理さんに考察していただいた。
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SNSでの炎上事件は、とかく人の注目を集めやすい。それは、多くの人が気になる問題について議論しているからだろう。そんな事件の一つで、実は半世紀以上もくり返されてきたのが、味の素論争だ。
今年の7月も、ホリエモンこと堀江貴文さんが、バンコク旅行で見つけた料理店についてX(旧ツイッター)で書いたところ、タイの料理は「味の素たっぷり入っているのでお気をつけください」とリプライが寄せられ、論争になったところへ、人気料理家のリュウジさんが堀江さんに加勢して味の素を擁護し、注目を集めた。
危険と見なされた発端は
SNSではたびたび、調味料の味の素が危険と批判される。しかし、日本では昭和時代に台所から消えた家庭が多く、レシピ本でもあまり登場しなくなっている。そのきっかけはどうやら、半世紀ほど前のアメリカで起きた事件だった。
『だし=うま味の事典』(星名桂冶・栗原堅三・二宮くみ子、東京堂出版)によれば、1968年に科学業界誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』で、「中華料理を食べると顔がほてったり頭痛がすると訴える人がいる」という記事が掲載された。エビデンスは示されないまま、原因はMSG(グルタミン酸ナトリウム・味の素のこと)としたことから、アメリカをはじめ、世界中のメディアがこの症状を「中華料理店症候群(チャイニーズレストランシンドローム)」と呼んで報道し、「味の素は身体に悪い」という噂が世界中に広がったのである。
日本でもかなり騒ぎになったと思う。推測で書くのは、この年に生まれた私には、幼少期に母親が「味の素は危ないんだって」と言い出し、それまで醤油と共に食卓に載っていた味の素が消えた記憶があるからである。家庭でも飲食店でも、味の素がひんぱんに使われていたからこそ、危険情報のインパクトは大きかったのだろう。
昭和の食卓における存在感
当時の味の素の存在感は、どの程度だったのか。昭和時代を象徴する記事を集めた『モノ誕生「いまの生活」1960―1990』(水牛くらぶ編集、晶文社)に掲載された、味の素に関連した2本の記事から拾ってみよう。