文春オンライン

かつてはレシピ本にも登場していたが…「味の素論争」から見えてくる「食の安全性」不信の時代

2023/11/06
note

絶妙なタイミングだった

 事件当時はアメリカも日本も高度経済成長時代で、急激に進んだ近代化によるひずみが大きくなっていた。そのため、食の安全性を問う衝撃的なベストセラーが両国で誕生している。1962年にアメリカで刊行、日本で1964年に翻訳書が出た『沈黙の春』(レイチェル・カーソン、青樹簗一訳、新潮社)。日本では1974年から朝日新聞の朝刊小説として連載され、1975年に刊行された『複合汚染』(有吉佐和子、新潮社)もあり、食品公害を含めた環境汚染問題を告発した2冊が、多くの人に影響を与えた。

『複合汚染』(有吉佐和子 著、新潮文庫)

 高度経済成長時代は、公害問題が特に深刻だった。熊本水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病、新潟水俣病が四大公害病と呼ばれ、いずれも裁判になって被害者が勝訴している。熊本水俣病はつい最近も、認定の範囲を巡って国が敗訴したばかり。この時代を知る人たちは、汚染された都会の川が泡立ち臭かったこと、空がスッキリ晴れなかったことなどを覚えている。

 社会を揺るがす食中毒事件も起こった。1955年に起きた森永ヒ素ミルク事件、米ぬか油にPCBが混入した1968年のカネミ油症事件がそれ。

ADVERTISEMENT

 急速な発展による環境汚染や食品公害が原因で、多くの人の健康が害され死者も大勢出た。大量生産される食品が急増し、食べものに何が使われどのように生産されているかわからない、という不安が人々の間で高まっていたのだ。

 つまり、当時味の素を危険視した人々の背景には、食の安全性への疑念が強まった絶妙なタイミングがあった。その後も、食品添加物を中心に、食の安全性を問う論争はくり返し起きている。

食の安全性を疑う事件が連発

 日本で認可されている食品添加物はどれも、検査をくり返し国が安全性を保障している。しかし、体調が悪くなったなどの話はくり返し出てくるし、長期にわたって化学物質を摂ることに不安を覚える人は少なくない。さらに、食の安全性について、週刊誌や書籍がくり返し、煽情的な見出しを付けて不安をあおってきた歴史もある。

 2004年に出た『食べてはいけない!』(堺英一郎著、 徳間書店)、2005年に出た『食品の裏側』(安部司、東洋経済新報社)などは、ベストセラーになり、大きな反響を呼んだ。この時期はまた、食の安全性を疑う事件が連発していた。