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かつてはレシピ本にも登場していたが…「味の素論争」から見えてくる「食の安全性」不信の時代

2023/11/06
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 一つは評論家の村上兵衛が『週刊コウロン』(中央公論社)1960年5月10日号で書いた「だしの素」という、イノシン酸を使ったうま味調味料の研究開発にまつわる記事。味の素はその後、1970年に鰹節のイノシン酸が含まれたほんだしを発売している。

 ライバル会社がスポンサーのテレビ番組で、アナウンサーがうっかり「食卓にはどうぞ『味の素』を」と言ってしまったエピソードを取り上げ、「『味の素』は化学調味料の代名詞として、わたしたちの舌ばかりでなく、耳にもなじんでしまっている」と指摘している。さらに、うま味調味料が贅沢品扱いされていた戦後まもなく、「高級料亭」で使われ、「今日、帝国ホテルなど“高級料理”を出すところでは、化学調味料を使わないのがご自慢だというが、あれこれ思いくらべると、隔世の感がある」といったくだりもある。当たり前の存在でありつつ、すでに使用することへの抵抗感が表れている。

 食文化史研究家の江原恵が1975年に出した『まな板文化論』(河出書房新社)の「ホンモノの家庭料理」という記事では、女子栄養大学出版部が1972年に出したレシピ本、『おかず十二か月』(十二か月シリーズ1)を批判している。具体例として出した「アジずし」の材料欄に「化学調味料」の項目がある。レシピの内容については批判しても、化学調味料については批判していない。

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料理研究家のレシピにも登場

 昭和期、料理研究家が発信するレシピに、味の素はよく使われていた。『きょうの料理』の黎明期から大人気だった飯田深雪が婦人画報社(現ハースト婦人画報社)から出した、『チキン料理〈付卵料理〉』(1975年)でも、「ローストチキン」、「チキンカレー」、「チキンローフ ウィズ エッグス」などの材料欄に、「化学調味料」とある。

 いずれの本も、出たのはチャイニーズレストランシンドローム後。批判されて使わない人が出てきても、1970年代に味の素は家庭料理の材料として定着していたのだ。

 化学調味料という呼び名については、『NIKKEI STYLE』2019年4月27日配信の「『化学調味料』の誤解解きたい 味の素社長世界を巡る」という記事に解説がある。西井孝明社長は、「1960年代にNHKが、『味の素』という商品名を放送できないということもあって、MSGが革新的であり、先進的であるという良い意味を込めて、こう呼んだのが始まりです」と語っている。

 また、この記事で西井社長は、チャイニーズレストランシンドロームから19年間にわたり、科学者たちが安全性を研究し議論が活発に行われた結果、一般消費者やレストラン関係者に、安全性に問題があるというイメージが広がったと説明している。