1990年代後半から2000年代前半にかけ、トップグラビアアイドルとして活躍した川村ひかるさん(44)。現在は1児の母となった彼女が、雛形あきこさんへの“嫉妬”がきっかけだった芸能界入りから、うつ病になるほど苦しくなったアイドルグループ活動を振り返った。(全3回の1回目/2回目に続く)

川村ひかるさん ©細田忠/文藝春秋

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捨てたはずの雛形さんポスターがまた彼氏の部屋に

――芸能界入りのきっかけは雛形あきこさんへの嫉妬だそうですね。

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川村ひかるさん(以下、川村) そうです(笑)。中学生の時の彼氏が雛形さんのファンで、彼の部屋に行った時、ポスターが貼ってあったんですよ。

 当時、雛形さんについては知らなかったんですけど、綺麗なお姉さんが、私が行ったこともない白い砂浜のビーチで胸を寄せて笑いかけていて、しかも好きな彼氏の気持ちが奪われているとショックで。悔しくて、ポスターを剥がしてしまったんです。

 そうしたら、次に遊びに行った時に、剥がしたはずのポスターがまた貼ってあったんですよ。もう闘争心にメラメラ火がついてしまいました(笑)。周りを気にして見てみると、電車で揺れている中吊り広告にも、コンビニに置いてある漫画誌の表紙にも、綺麗なグラビアのお姉さんがたくさんいるんです。

 私の写真は親や友達と写った写真しかないのに、このお姉さんのポスターは全国の知らない男の子たちがいろんな思いを抱きながら見ている。そう考えたらすごいことだと思って、「私もポスターになりたい。全国の知らない男の子たちが『この子はどんな子なんだろう』とか、いろんな思いを持ってくれる人になりたい」と考えるようになったんです。

 

グラドルの夢しか考えられなくなって

――嫉妬から一気に目標になったんですね。過去のインタビューでは、嫉妬のあまり、彼氏との2ショット写真を捨てたとも発言していました。

川村 彼氏との2ショット写真を捨てたのは、嫉妬からではなかったんですよ。確かに雛形さんのポスターがまた貼ってあったときには「私じゃなくて他に好きな人がいるんだ」みたいな感覚で拗ねてたんです。当時は中学生だったのもあって。でも、そこからスイッチが入って、グラビアアイドルになりたいとなって。