可燃物』が『このミス』「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」の各ランキングで1位を獲得。3冠を記念して、刊行記念ネタバレOKイベントから、ネタバレ部分をカットして特別公開。米澤さんを長年担当し、ミステリ大好きなオール讀物編集長が、刑事が名探偵役になることで生まれる謎解きの新たな魅力と作品の源流について伺いました。

『可燃物』(米澤穂信 著)文藝春秋

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――本書には「オール讀物」掲載の、葛(かつら)警部が捜査する短編5作が収録されています。それぞれ早い段階で謎が提示され、読者も推理できる趣向になっていますが……。

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米澤 お集まりの方に最初にお伺いしたいのですが、5作の中で「1作は正解した」という方は挙手をお願いします。おお、結構手が挙がりましたね。2作では? なるほど。……3作以上的中は私の心が削れるので、聞かないでおきます(笑)。ミステリは、読者が解こうと思って隅々まで追えば真相に至れるのが“良問”だと考えて書いているので、いま挙手して下さったくらいの正解率なら、フェアネスが守れていたかと安心しました。

――帯に〈本格ミステリ×警察〉とありますが、実は米澤さん、刑事が探偵役をつとめるシリーズは初ですよね。この葛警部の造型を考えるとき、エッセイ・書評集『米澤屋書店』(文藝春秋)がヒントになるのでは、と感じています。例えば同書のp278~279、ロス・マクドナルド『さむけ』を紹介する一文に、〈本作において、主人公自身はほぼまったく語られません。自宅すら出てこないんじゃなかったでしたっけ。ですが、アーチャーを無個性な、つまらない人物だと思う読者は皆無でしょう。魅力的なキャラクターとはなにか、と考え込んでしまいます。〉とありますが、これ、そのまま葛警部に当てはまるのではありませんか? 他にも『米澤屋書店』では警察ミステリの名作に言及されています。『可燃物』執筆にあたってヒントにされた古典などはあるのでしょうか。

『米澤屋書店』(米澤穂信 著)文藝春秋

米澤 ヒラリー・ウォー『失踪当時の服装は』『事件当夜は雨』で描かれる警察署長しかり、コリン・デクスターのモース警部しかり、警察ミステリには黙々と職務に邁進する刑事というキャラクターの系譜があると思うんです。私の中の源流はF・W・クロフツの、たとえば『樽』だと思うのですが。この、“名探偵としての警察官”の系譜に属するものであれば、私も書けると考えたのが葛警部です。

 彼の外見や心理描写は極力抑え、仕事だから謎を解くというシンプルな作りにしています。しかし、ある程度の大人であれば、仕事の進め方に人格が表れるものです。例えば、被疑者から情報を引き出すためなら強い言葉も使うけれど、逮捕された父親を心配して訪ねてきた娘には労をいとわず対応する。事情聴取のやり方ひとつとっても、どういう人間であるかが分かる。葛警部のキャラクターは、すべて仕事を通じて伝わるように意図しています。