名探偵警察小説という系譜
――各編について伺うほど、やはり米澤さんは“ミステリである”ということを強く意識して葛警部シリーズを書いておられるのが分かります。
米澤 もともと、特別な理由がなくても事件解決に携われる探偵役とは何かと考え、あ、警察なら「仕事ですから」で済む! という発想ですので、やはり謎解きのスタイルとフェアネスは重んじていますね。
――元来、警察小説というと概ね3つのタイプがあると思うんです。横山秀夫さんがお書きになるような、警察組織そのものに焦点を当て、そこから生まれる謎を描くもの。大沢在昌さんの「新宿鮫」のような、組織のはぐれ者が己の才覚だけで強敵と渡り合う一匹狼型ハードボイルド。そして、翻訳小説に多いのが「87分署」シリーズをはじめとする群像劇スタイル。色んな刑事が出てきて、彼らが別々の事件を追っていると思ったら終盤で1つの大事件に集約していくという。
米澤 たまに「結局これは関係なかった」みたいな線が出てくるのも面白いんですよね。
――葛警部は3つのどれにも分類されませんね。
米澤 先に、葛はヒラリー・ウォーの警察署長的なキャラクターとして考えたとお話ししましたが、1950年代アメリカの警察より、現代日本の警察はもっと組織化されているので、葛も組織から完全には逃れられない。結果として、組織に焦点を当ててはいないが、ウォーのコピーでもない、オリジナルなものになった気がしています。名探偵警察小説の系譜として葛には活躍してほしいですね。
(2023年8月19日 文藝春秋にて)
米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)
1978年岐阜県生まれ。2011年『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞、14年『満願』で山本周五郎賞、21年『黒牢城』で山田風太郎賞、翌年同作で直木賞、本格ミステリ大賞を受賞。近著に『栞と嘘の季節』など。