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 もちろん、台湾に住む人びとのアイデンティティの問題は、「台湾人か中国人か」の二者択一に限られるものではない。80年代以降の政治の自由化や民主化にともない、原住民や客家人の言語や文化の尊重を求める声も高まったことから、台湾では多文化主義の理念による国民統合が図られてきている。また、それと並行して、女性の政治参加を求める声や、性的マイノリティの尊厳は守られなくてはならないとする声も社会から広く支持されてきた。これらは「台湾人か中国人か」とは別次元の論点である。ただし、これらは「台湾人」には誰が含まれるのか、「台湾人」とはどうあるべきかという問題意識と密接にかかわってもいる。

 いずれにしても、近年の台湾の総統選挙において、各候補者は住民の台湾という土地への愛着や、台湾人としてのアイデンティティを無視して勝利することはできない。とはいえ、国民党はもともと大陸中国の共産党と「唯一の合法中国政府」の座をめぐって内戦を戦ってきた政党である。「台湾は中国の不可分の一部である」との認識を共産党と共有するとともに、中華民国によって大陸中国と台湾を統一する目標を決して放棄したわけではない。これは、大陸中国とは別に台湾共和国を打ち立てることを究極的な目標に掲げる民進党とは、理想とする未来像を大きく異にするところである。

 未来像が異なれば、「歴史」の捉え方も変わってくる。中華民国を中心に据える歴史観をとれば、中国大陸で過去に起こった出来事こそが「私たちの歴史」にとって重要だということになり、また日中戦争は日本の侵略と戦った戦争と位置づけられることになる。これに対し、台湾を中心に据える歴史観をとれば、台湾という地理空間で過去に起こった出来事こそが重視され、日中戦争は日本の支配下に置かれた状態で参加した戦争と位置づけられることになる。

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 これらの分岐を背景として、台湾にとって「中国」とは何なのかという問題は、国民党政権期と民進党政権期を通じ、しばしば深刻な争点として政治問題化してきた。そこでここでは、2008年の民進党から国民党への政権交代および、16年の国民党から民進党への政権交代時の変化を中心に論じることで、台湾にとって「中国」という要素がどのような政治的摩擦を生み出しているのかを検討したい。