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「睡眠不足で余裕がなく、イライラして…」子育て時の葛藤をどう乗り越えたのか?

――ご両親から離れて、パートナーと亮夏さんと3人で新生活をスタートさせたのですね。

畠山 ただ、子育ては想像以上に大変でした。特に亮夏は、障害の特性から全然寝ない子でした。頭では「ありのままを愛したい」と思っているのに、亮夏の生活リズムに合わせている私も睡眠不足で余裕がなく、イライラしてしまって……。

 障害が分かってからは、眠りを促すためのお薬を処方してもらっていました。その薬を飲むと、普段寝ない亮夏が何時間も寝てくれるんです。ただ、薬を飲んだ次の日は1日中ぼーっとしていて。「自分が楽したいがために、彼の大切な時間を奪っているんじゃないか」と何度も葛藤しました。

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亮夏さんは幼少期、あまり寝ない子だったという(写真=畠山織恵さん提供)

――その葛藤は、どうやって乗り越えたのでしょうか。

畠山 まず、お母さんが元気でないと、子どもは幸せになれない。そのために、睡眠は必要だよなって。幼い亮夏に薬を使うのは心苦しいけど、「しんどいときには薬がある」と思うだけで、心に余裕を持てるようになっていきました。

 また、診断を受ける前は、「子どもを預けることは母親としての甘えだ」と思っていたので、預けることができませんでした。でも、1人で頑張りすぎて体調を崩し、預けざるを得ない状況になってからは、少しずつ預けるという選択ができるようになり、特に義理の両親が助けてくれましたね。

 あともうひとつ大きな心の支えになったのは、障害児を育てる先輩ママたちの存在ですね。

――詳しく教えていただけますか。

畠山 亮夏の障害を義両親に伝えたとき、「織恵ちゃんは神様に選ばれたんや」と言われたんです。「これからは、子どものためだけに生きなさい」と諭されているように感じてモヤモヤしましたが、「そう思ってしまう私がダメなんだ」と思っていました。そもそも障害の有無にかかわらず、「ママ」は自分を犠牲にして子どもを支えるのが当たり前だ、と思っていたから。

 でも、療育で通い始めた施設にはいろんなママがいました。「子どもに尽くすのが心からの幸せ」という方ももちろんいますが、自分の人生を楽しんでいるママもたくさんいたんです。夫や祖父母に子どもを預けて、ママだけで食事に行くこともありましたね。行きつけのバーがあるママもいましたよ。

 

 そんなママたちとの出会いで、良い意味で「障害児のママ」の価値観が崩れました。ありのままの亮夏を大切にするように、ありのままの私も大切にしていいんだなって。