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草彅の姿から想起したもの

『ブギウギ』はここからさらに佳境に入る。羽鳥善一のモデル、服部良一が笠置シヅ子の代名詞『東京ブギウギ』を生み出すのは戦後のことだ。ここからクライマックスにむけて草彅の演技がどう変化するのか、さらに見逃せないシークエンスになる。

 それとともに筆者は、草彅が演じる羽鳥善一から、ある先輩俳優を想起する。それは『ブギウギ』の主演をつとめる趣里の父親、水谷豊である。鶴のように痩せたスレンダーな体型、飄々としながら知性と才気を感じさせる台詞回し。もちろん草彅がそれを意識したわけではないのだろうが、羽鳥善一は若き日の水谷をどこか彷彿とさせる役にもなっている。趣里の芸能界入りにすら反対したという水谷は、娘と朝ドラで共演することなどなかっただろう。だがそれゆえに、「もう一度、もっと楽しく」とジャズのリズムで主人公・スズ子を導く羽鳥善一の中に、草彅の演技が水谷豊を想起させてくれるのは、筆者にとって思いがけないプレゼントだった。

 今年11月に逝去した脚本家・山田太一の訃報がメディアを駆け抜けた日、SNSには『男たちの旅路』で若き日の水谷が鶴田浩二演じる元特攻隊員に詰め寄る動画が流れ、その素晴らしい演技があらためて多くの反響を呼んだ。山田太一が戦争世代へのメッセージをこめた長いセリフを語る水谷の演技は、必ずしも大袈裟に感情をたかぶらせるものではない。むしろ政治演説などしたことがない青年のリアリティをこめた、不器用で遠慮がちな台詞回しだ。水谷もまた草彅と同じように、「上手く見える演技がいい演技ではない」ことを知る役者、力押しのストレートだけではない、ナックルボールのような変化球を使いこなす名優なのだ。

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陰影に満ちた演技も

 草彅は『ブギウギ』と並行して、NHKの土曜ドラマ『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』で手話通訳士を演じている。羽鳥善一とはまったく違う、陰影に満ちた演技に、朝ドラと並行して視聴する人々は驚くだろう。並外れた演技力を持ち、今や映画大国となった韓国と日本を知名度でつなぐ草彅剛は、水谷豊がそうであったように、多くの役割を日本の映画・ドラマの中で果たしていくことになる。その時に彼が投げるのは、魔球のように揺れるナックルボールだろうか。それとも思い切り腕を振り抜いた、火の出るようなストレートだろうか。