死臭がする…
神職の装束を身につけ、祭壇を準備し、車を走らせて向かった先は、神奈川県相模原市内のとあるワンルームマンションでした。
周りを見渡せば人々がいつもの生活をしている、どこの町にもある普通のマンションです。ここで一人の人間がだれにも知られずに亡くなったという事実に、まだ実感が湧きませんでした。
マンションの前には不動産屋さんとリフォーム会社の方が、なにかに苛立だっているような、おびえているような、沈鬱な表情を浮かべて立っていました。
あいさつもそこそこに、案内されるがままマンションの3階にたどりつき、エレベーターから出た瞬間、いまだかつて嗅いだことのない嫌な臭いを感じ、思わず顔をしかめました。
不動産屋さんを先頭に進むと、臭いが強くなっていきます。その部屋に近づけば近づくほど、臭いが増していきました。
もう、教えられなくても、どの部屋で孤独死が起きたのかがわかりました。
他のなにものにも例えようのない、不快な臭いです。そこから一気に「死」という現実が押し寄せ、ぐっと鼻と喉が締まる感覚がありました。
「これが死臭か……こんなに強烈な死臭が外に漏れているのに、死んでいる人がいることに、今までだれも気がつかなかったのだろうか……」
異様な雰囲気の中、「これは、とんでもないことを引き受けてしまったのかもしれない」と思いました。
これまでのお祓いとはまったく違うのだと悟りましたが、ここまできた以上、「行くしかない」と覚悟を決めました。
体液まみれの悲惨な現場
不動産屋さんがドアをあけると死臭はさらに強くなりました。
雑菌などの危険性があることから、今でこそ事故物件でのマスクの着用は当たり前ですが、当時は弔いの場でマスクをするなんて、考えられませんでした。
吐き気をもよおすような強烈な臭いが鼻を突き刺します。
フローリングには水溜まりができていて、びっしょりと濡れていました。
水溜まりの正体は、亡くなった人の体液でした。
警察が遺体を運び出してから、5分と経っていない状況です。
ぐしょ、ぐしょ……。
びしょびしょに濡れた床を歩くたびに、じわじわと足袋に体液が染み込んでいきます。