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 犬養に向けてピストルの引き金を引いたのは、海軍の予備少尉の黒岩勇であった。黒岩は犬養の家族を別の部屋に移していて、日本間に入ってくるのが少し遅れてしまった。それで山岸の声に促されて、犬養へ向けて引き金を引いた。三上もそれに続いたのであった。

 犬養はテーブルに両手をつき、身を崩した。襲撃犯たちは日本間から玄関に戻り、官邸から消えた。あるグループは憲兵隊に、またあるグループは警視庁に回り、撃ち合いの覚悟であった。しかし警視庁は日曜日の勤務であるためか、どこか緊張を欠いていた。

 犬養はしばらく苦悶の表情であった。それでも、次のような言葉を吐いている。

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「いま撃った男たちをつれてこい。よく話して聞かせるから」

 それが最期の言葉であった。結局、犬養は、二発の弾丸によってその命を奪われることになった。頭蓋骨に食い込んだ弾丸が致命傷であった。犬養にとっては無念の死であった。

犬養毅 ©文藝春秋

 この事件が昭和の歴史を根本から書き改めていくことになる。それにしても犬養の最期の言葉「よく話して聞かせる」とはどういう意味になるのだろうか。あえて言うのだが、これは重大な意味を持つ。

 時代状況のなかでこの言について考えれば、

 1 このようなテロで問題は解決するのか。

 2 君らは今愚かな行為に走っている。馬鹿な真似はやめなさい。

 3 大方、君らは誰かの言に踊らされているのだろう。気をつけなさい。

 4 満州事変の拡大をなぜ抑えなければならないか、聞かせてやろう。

 というような意味がすぐに浮かんでくる。それぞれ理由を挙げて、犬養の言を理解することが可能であるにせよ、私は3の意味を重視している。犬養もそのことを言いたかったのではないかと推測するのである。それを説明して、五・一五事件の本質を考えたいと思うのだ。