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巨匠たちに挟まれて……

 当初私は第2部の《ゴルトベルク変奏曲》第29変奏を担当するはずだったのだが、ライブカメラが入るのならと本番1か月前に降板した完璧主義者ババヤンの代わりに、第1部のラフマニノフ《前奏曲 作品23》の〈3番〉を演奏することになった。慌ててプログラムを確認すると、

 1番:アレクサンドル・カントロフ、2番:エフゲニー・キーシン、3番:藤田真央、4番:ミハイル・プレトニョフ、5番:イェフィム・ブロンフマン、6番:キリル・ゲルシュタイン、7番:アレクサンダー・マロフェーエフ、8番:リュカ・ドゥバルグ、9番:ダニール・トリフォノフ、10番:ユジャ・ワン

 となっている。なんという布陣であろう。私がキーシンとプレトニョフというロシアを代表する巨匠二人に挟まれてしまっている。これはモーツァルトやベートーヴェンをさらっているどころではない。心血を注いで練習せねばと思い、ウィグモア以前から毎日練習を欠かさなかった。幸い、これまで経験してきたような、数日前に出演が決まる過酷なジャンプインと比較するとだいぶ余裕がある。〈3番〉は初めて弾く曲だが、落ち着いて向き合うことができた。

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 公演当日の夕方から始まったリハーサルでは皆がそわそわしていた。第1部ではステージ上に2台のピアノが平行に並んでいる。奇数番のピアニストは下手(しもて)側のピアノ、偶数番のピアニストは上手側のピアノを使用し、拍手なしで交互にバトンを繫いでいく。私は3番なので、下手側のピアノで弾くことになった。どうにも漢字で“下手”と書くと、ピアノが下手(へた)だと言われているみたいだ。もっといい漢字を割り当ててほしかった。