息を呑むような美しい一音目に、その場に残りたい気持ちを抑えながら、私は忍び足でステージを去った。舞台袖に帰ると皆がモニターに釘付けになっている。彼らにとってもプレトニョフは特別な存在なのだろう。嬉しいことに私が平らげてしまったバーニャ・カウダが補充されていたため、咀嚼音を立てないよう配慮しながら、とりあえずきゅうりをぽりぽりしてみる。入れ替わる形でブロンフマンがステージに上がったものの、彼は1分ほどして舞台袖へ帰ってきてしまった。スタッフたちは騒然となり、ブロンフマンはまっしぐらに楽譜に駆け寄って暗譜を再確認している。〈5番〉は彼が長年レパートリーにしてきた曲だ。彼ほどの演奏経験があっても、直前に強制的に目の前で他人の音楽を聴かなければならないのは一苦労なのだろう。
その後も皆が水準の高い演奏でラフマニノフのバトンを繫ぎ、第1部は終演となった。同じラフマニノフでも、なんと多様な解釈があるのだろうか。各ピアニストが大切にしているものに間近で触れることができて、なんとも音楽愛好家冥利に尽きる一夜だった。
そして、カーテンコールへ
第2部はバッハ《ゴルトベルク変奏曲》が演奏される。この室内楽用の編曲はとてもユニークで、変奏ごとに各楽器の特性が活きる編成となっている。メンバーの組み合わせも秀逸だ。ルノー、ゴーティエのカプュソン兄弟のヴァイオリンとチェロのデュオもあれば、指揮者のラハフ・シャニやクラウス・マケラがタクトではなくそれぞれコントラバスとチェロを担ったりもしている。さらにはブラッド・メルドーが即興で変奏を披露するなど、豪華な演目がつづく。
出演者は終演後のカーテンコールまで残るよう命じられたため(プレトニョフはもちろん治外法権だ)、舞台裏のモニターの前で皆で演奏を鑑賞する。私の隣にラハフがやってきたので、「今いったい何番目の変奏が演奏されているの」と尋ねると、「多分200変奏くらいじゃない?」とジョークが返ってきた。《ゴルトベルク変奏曲》は30変奏しかないのに。
その後はジョージア出身の13歳の神童、ツォトネ・ゼジニゼと天使のような彼の妹と3人でケータリングのお菓子を食べながら過ごした。ちなみにツォトネのお祖母さまの従姉妹は、かの大ピアニスト、エリソ・ヴィルサラーゼである。私は彼女のマスタークラスを何度も受講したことがあり、何度もお叱りを受けたものだ。彼女はツォトネにはとても優しいそうで、その話を彼にするとびっくり仰天していた。
ケータリングのお菓子やフルーツをすっかり食べ尽くしたころ、ようやく第3部が始まった。私の横にはすでに出番を終えたマイスキー、リサ・バティアシュヴィリ、ラハフやユジャが座り、固唾を呑んでモニターを見つめている。クリストフ・エッシェンバッハ、ガボール・タカーチ=ナジ、クラウス・マケラらが今度はタクトで繫ぎ、第30回のヴェルビエ音楽祭の盛大なガラコンサートが幕を閉じた。私がいつの日か天に召される時、今日の日の記憶は間違いなく走馬灯候補だ。
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記事の全文は、藤田真央さんの初著作『指先から旅をする』(文藝春秋)に収録されています。