バイデン政権を刺激できない中国
──人事の話をうかがっていても、中国はまだ「台湾有事」を戦う体制ではないように感じます。
林 そう思いますよ。1年前にもお話しした通り、中国は2016年以来の軍制改革の途上にありますし、人事上のごたごたもありますからね。
今回の総統選挙で頼清徳が勝った場合(注.取材は選挙前におこなった)も、中国は台湾に向けて大規模なミサイル演習などはおこなわない可能性が高いでしょう。今年4月以降に一定の演習は予定されていそうですが、こちらも必ずしも大規模なものにはならないと予想しています。
──理由は、前回の軍事演習での課題がまだ解決していないからですか。
林 それに加えて、11月にはアメリカ大統領選があります。いま、中国が派手な軍事演習をおこなうと、バイデン政権によるなんらかの厳しい対応を招く可能性が高い。バイデンとしては、いま中国の挑発を静観すれば、アメリカ国内で民主党が弱腰であるという世論が出てしまい、選挙戦で不利になります。なので、強い対応を取らざるを得ない。中国もそれは望みませんので、いまは無理押しをする時期ではないと判断すると考えられます。
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近年、日本では台湾有事に関連する言説がかまびすしい。だが、2022年8月に中国が台湾近海で大規模なミサイル演習をおこなった事実と、昨年夏以降に一部の軍高官の失脚を含めた盛んな人事異動がおこなわれている事実は、それぞれ別個のニュースとして報じられがちである。
ただ、台湾側の「軍師」である林穎佑氏は、このふたつの事件を結びつけて分析する立場だ。
彼の話を簡単にまとめれば、2015年からロケット軍に力を入れてきた人民解放軍は、2022年8月に台湾を恫喝するためにその実力を示そうとしたものの、蓋を開けてみれば大量の問題点が露呈。そこで大量の責任者を処分したのはいいが、後任人事では戦略ミサイル分野の専門性がない軍人を登用しており、すぐには戦える状態にない。しかも国際情勢も、中国が軽挙妄動をおこないにくい状況になっている。
もちろん、習近平が判断力を失えば、いかに無理のある状況でも軍事行動は起きる。だが、やはり全体的な趨勢としては、2024年の「台湾有事」の危険性は数年前よりもいっそう低下したと考えていいだろう。