この日は、対局会場から徒歩5分の「たましんRISURUホール(立川市市民会館)」で大盤解説会が開催された。席数180に対して700以上の申し込みがあったそうだ。解説は戸辺誠七段で、聞き手が貞升南女流二段。戸辺は振り飛車一筋、力戦振り飛車が大の得意とあって解説者としてうってつけだ。

 本当は振り飛車側を応援したかっただろうが、どちらにも偏らず、公平にわかりやすく解説していた。それでも「振り飛車がかなり苦しいですが、菅井さん(竜也八段)頑張りますよ。ガッツがあるから」とエールを送っていた。

戸辺誠七段(左)と筆者(勝又清和七段)

なんでこういう手が浮かぶのか?

 しばらく戸辺の名解説を堪能してから控室に戻り、中村修九段と検討を続ける。藤井聡太王将の駒がゆっくりゆっくりと前進し、91手目に右銀が2四まで到達した。とはいえ、スローペースは変わらず、相手に駒を渡さないよう続けるだろうと私が言い、中村も同意していた。しかし、藤井の考えていることはまったく違った。93手目▲3四歩! 中村と私は同時に「はぁー?」と叫んだ。2人とも驚き疲れている。

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 3四に歩がいる状況で銀が出るというのはよくあるが、銀が2四に出てから取られるところに歩を打つとは。桂跳ねを防ぎ、守りの金を吊り出す意味があり、指されてみるとなるほどとはいえ、なんでこういう手が浮かぶのか? モニターを見ると菅井の表情がつらそうだ。18分考えて△3四同金と取ったが、▲3五銀から金銀交換となり、ついに後手陣は突破された。藤井の緩急の切り替え、ギアの上げ方がやはり特徴的だ。

 藤井は馬で香を取り、早々に自陣に引き戻す。菅井は反撃する糸口もなく、駒台で出番を待っている飛車がさびしそうだ。それでも歯を食いしばって粘る。中村が「指し続けるだけで偉いよなあ」とつぶやくが、それも慰めにはならないだろう……。そして109手目、▲7五金を見て中村が顔をしかめた。辛い。絶対に負けない手だ。まさに大山将棋だ。

 藤井は時間の使い方も独特だった。113手目、桂を取るか香を打つか迷いそうなところなのにノータイムで香を打ち、一方で金が取れるところで4分考えている。急がない、慌てない、楽観しない……。藤井は最後の最後まで厳しい表情を崩さなかった。

 17時52分、121手で藤井の勝ちとなった。王将3連覇である。