車のエンジンをかけながら、父が「あ!」と発した。
「なに? どうしたの?」と私が聞くと、「時計見て。3時33分だよ。なんかドラマみたいだね」と返ってきた。
「え、なに浸ってんのこいつ、クソが」と思った。けれど、今後の生活に支障が出ないように、その言葉をぐっとこらえたあのときの私を褒めてやりたい。
神様は私に冷たかった
父との暮らしは大きなトラブルもなかったし、久々に一緒に暮らすことを父が喜んでいるのもわかった。でも、私の心は休まらなかった。
端的に言って、この人をまったく信用していなかったからである。
なにか良からぬことが起きそうで、いつも気が抜けなかった。
そして、私の嫌な予感は的中した。
高校卒業間近のある日、父方の祖母、つまり父の母が脳梗塞で倒れた。そして、植物状態になってしまったのだ。祖父はそのときすでに他界していたから、父が祖母を引き取ることになったという。そして、私にこう言った。
「もう、ここでは一緒に暮らせない。学費も払えない。おばあちゃんのほうが大切だから」
読者のみなさんに聞きたい。最初の二文はなんとか理解できると思う。ここでは暮らせない。学費も払えない。
でも、最後の一文いる? いらないよね?
なんなの? バカなの?
かつて、賭け麻雀で2000万円の借金を負い、それを親に返してもらうようなダメ息子であり、幼い私と母をあっさり捨てたこの男は、やっぱりなにも変わっていなかったのだと思った。
かくして私は、また父に捨てられたのである。
年上の彼氏が言ったドラマみたいな一言
さすがの父も、高校卒業まではその松戸のマンションに住めるようにしてくれた。でも、やっぱり段取りが悪いというか、詰めが甘いというか……腹立たしいことに、卒業式より10日ほど早くガスを止め、さらに洗濯機を持っていきやがった。
だから私は、卒業式までの数日、コンビニ弁当を食べ、風呂場で下着や靴下を洗い、銭湯へ通うはめになった。
当時、私には、ひとつ年上の彼氏がいた。
実家暮らしで、心おきなく親にわがままを言え、2人の姉からも可愛がられていた彼は、千葉の私の家まで食事を持ってきてくれたりして、ずいぶん助けてくれた。そして彼は、風呂場で下着を洗う女子高生の私を眺めて、まるでドラマみたいにこう言った。
「神様は、ゆかに冷たすぎるよ」
このときの彼の泣きそうな顔を、いまでも思い出すことができる。
そして、誰に向けてでもなく、やはり「クソが」と思ったことも。