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声優たちの見事な演技も観客を導く

 もうひとつ、初見の観客が『ハイキュー‼』に入りやすいのは、声優たちの見事な演技によるところが大きい。音駒高校の頭脳・孤爪研磨を演じる梶裕貴の声はこの映画の白眉のひとつで、ひとこと発する声の色でその内向的な性格、内に秘めた情熱が観客に伝わってくる、見事な人物造形だ。

 筆者は数年前、新海誠の『秒速5センチメートル』の朗読劇で梶裕貴の演技を舞台で直接見たことがあるのだが、声変わり前の思春期の少年から青年期の声までをモーフィングのように演じ分ける技量に圧倒されたのを覚えている。

 今作『ハイキュー‼』でも梶裕貴は幼少期から高校時代の研磨までを演じ分けているのだが、主人公・日向翔陽と初対面する時の細い声と、クライマックスで対戦する声では、同じ高校時代の研磨でも微妙に声が変わっている。肉体の成長、そして今作のテーマである孤爪研磨の精神的な変化を声の響きで表現する梶裕貴の演技は、物語の導き役にもなっている。

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孤爪研磨 劇場版『ハイキュー!! FINAL』公式Xアカウントより

 梶裕貴だけではなく、一人一人の声優たちが選手の性格を声で「色分け」する演技に成功しており、目を閉じて聞いてもわかりそうなほど彼らの性格を印象づけることに成功しているのも、初見の観客が入りやすい理由だろう。

短い映画は、劇場公開に強い

『劇場版ハイキュー‼︎ゴミ捨て場の決戦』は、わずか84分にまとめられている。制作発表時から二部作と宣言されているので、本来はいわば「集大成二部作の前編」と言うべきかもしれない。だが満仲勧監督があえてストイックに引き締めたこの84分の映画は、いわば『ハイキュー‼』という作品にとっての「もうひとつの第一話」としての機能を果たす、普遍的な映画としての完成度を持っている。

 8年半で重ねられた単行本45巻、アニメシリーズ4期分の『ハイキュー‼』の歴史は、共に歩いたファンにとっては思い出深いが、新しい観客にとっては眼前にそびえ立つ山を見たように気後れしてしまうのも事実だ(筆者自身も映画を見るまではそうであった)。

 だが、この映画『ゴミ捨て場の決戦』は、主人公ではない音駒チームをメインに再構成することで簡潔にまとめられた「84分間の入り口」になっており、しかもそこには作品の本質が「もう一回がない試合」という鮮烈な言葉の通り、一本の映画として完結しているのだ。

 短い映画は、劇場公開に強い。新しい大作映画が公開されても、劇場の新作スケジュールの合間でロングランすることができる。この映画はたぶん長く国内外の、そして海外の映画館で上映されるだろう。そして上映が終わった後も、バレーボールを描いた最も美しい映画のひとつとして、新しい観客の入り口の機能を果たし続けるはずだ。