『ハイキュー‼』はこのシンクロ攻撃のシーンのレイアウトを広角で描き、数人の選手が走りながら腕を前ではなく後ろに振り上げるジャンプ前の助走をスローで描くことで「戦術の原理」を観客にわかりやすく見せている。
またもうひとつの重要な要素が「音」だ。近年の映画館の進歩した音響装置は、スパイクのエネルギーが乗ったバレーボールをレシーブで受け止める時の、内臓まで響くような衝撃を映画館の重低音で観客に伝える。このドシンというスパイクの衝撃の重さは、映画館でしか体感できないものかもしれない。
『劇場版ハイキュー‼』の高い作画クオリティは、動画アニメーター出身の満仲勧監督が自ら原画にも名を連ねて作画していることが大きいと感じる。宮﨑駿など少数の例外をのぞけば、自ら原画も描くアニメ監督は世界的に見ても異例の存在だ。
ハイキュー再び監督することになりました。
— 満仲 勧 (@susumumitsunaka) September 24, 2023
なんかこう映画ならではなことができたらいいなぁって思ってます。
スタッフみんな肩ブンブン回して仕事してくれてるので頼もしいです。
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『おおきく振りかぶって』などのスポーツ作品の作画演出で力を発揮してきた満仲勧監督は、TVアニメ『ハイキュー‼』シリーズの演出の後、『劇場版名探偵コナン ハロウィンの花嫁』で四半世紀の歴史で5人しかいなかったコナン映画シリーズの6人目の監督をつとめるまでになった。それと同時にアカデミー賞受賞作となった宮﨑駿の『君たちはどう生きるか』に原画として参加するなど、演出・監督とトップアニメーターの2つを両立させている。その作画と演出の双方の力が『劇場版ハイキュー‼』にも存分に生きている印象だ。
コアなファンでなくとも引き込まれるのはなぜか
『劇場版ハイキュー‼』は、上映時間の大半をバレーボールの試合描写に費やす異例の構成になっている。こうした純粋なバレー映画は世界的にも多くないはずなのだが、巧みなのは『バレーボールにしかない時間』の描き方、演出だ。
たとえばネット越しの相手選手との会話。試合中に敵と交わす会話はスポーツ漫画での醍醐味のひとつだが、他の球技では時間や距離の関係で「敵と話す時間」をリアリティを持って描くことは簡単ではない。
だがバレーボールでは、まるでボクシングの試合前の顔合わせのようにローテーションにより相手チーム選手と互いにネットをはさんで向き合う時間が競技として担保されている。しかもその話す相手は、これからブロッカーとアタッカーとして競り合う一対一の対戦ポジションなのだ。
これは原作でもそうなのだろうが、満仲監督による演出はこの「試合中の会話」を人間描写のキーとして実にうまく使っている。鋭い目の音駒高校の主将・黒尾鉄朗が、烏野高校の後輩ブロッカー・月島蛍を過去の練習試合で技術的に育成してきたことが試合の中で伝わるネット越しの会話は、筆者のようなコアなファンでない初見の観客にも彼の魅力的な人物像を鮮明に伝えてくれる。
『バレーボールにしかない時間』の演出の上手さは、高いトスが上がった瞬間にもある。体育館の天井まで届きそうなトスが高く上がった瞬間、選手たちは全員がジャンプの準備に入りつつ、落ちてくるボールを待つ一瞬の空白ができる。その「空白の瞬間」に過去の回想を挿入する演出は、バレーボール映画の新しい古典になるかもしれないと思えるほど美しく見事だ。