コンテンツを深く読解し、良作をSNSで広め、日本の映画市場を左右する大きな力を持つようになった女性のファンダムについて、20世紀から『アニメージュ』のライターとしてコミットしてきた渡辺由美子氏は『アニメビジネスとファンの20年』などの著述で以前から言及を続けてきた。だが、その声はまだマスメディアに取り上げられることは少ない。女性ファンダムはいまだに、「推し活」の市場としてのみ視線を向けられるか、その反動のように「キャラ目当て」と軽視されることが多い。
だがそうではない。『努力・友情・勝利』のテーゼを持つ少年ジャンプの中で、『ハイキュー‼』がひたすら敗者とその再生について語り続ける物語であること、被災地の余震の中で始まったこの小さな物語が新しい価値観を持つ21世紀の少年漫画であることを、最初に発見し、筆者のような初見の観客に届く劇場アニメにまで育ててきたのはファンたちである。
ファンダムを代弁するような女性キャラの台詞
『ハイキュー‼』には、山本あかねという印象的な女性キャラクターが登場する。音駒高校のウイングスパイカー山本猛虎の妹で、まだ中学生ながら客席で大きな拡声器で応援を束ねる存在だ。明確な応援チームを持ちながら、敵の好プレーにも悔しさをこらえて称賛を送る、バレーボールそのものに魅了されるような彼女の姿は、作品に対する深い読解力と燃えるような情熱を持つ『ハイキュー‼』の読者を象徴するキャラクターのように見える。それはあの震災の日に無名の青年がパソコンを抱きかかえて守った小さな物語を、発見し、批評し、時には二次創作を加えて拡散してきたファンダムへの、作者からの『返信』をこめた人物造形なのかもしれない。
「どこ見たっていいの! ボールを見てもいいし、ボールに触ってない選手がどう動いてるのか見てもいいの!」
原作漫画『ハイキュー‼』34巻で、試合を前に「すごいね、でもどこ見ればいいかわからなくなっちゃう」というチームメイトの姉、灰羽アリサにむけて、山本あかねはそう叫ぶ。
原作漫画でこのシーンと続くセリフを読んだ時(正直にいえば、筆者は映画を観た後に単行本全45巻を購入し今も読んでいる最中だ)、筆者は反射的に「このシーン、確かに映画にもあったよな」と感じた。だがそれは筆者の錯覚であった。後日に再鑑賞すると、そのシーンは映画でカットされていたのだ。
それはあまりにも、『ハイキュー‼』という作品のすべてをひとことで表現したような美しい言葉なので、映画の序盤に置くとバランスが崩れてしまうのかもしれない。だが筆者の中では今もそのセリフが映画の中に存在したような、それどころか全編を通じて映画がその言葉を叫び続けていたように感じている。
『ハイキュー‼』のファンダムを代弁し、21世紀の少年漫画の誕生とバレーボールのすべてを祝福するように、山本あかねは誇り高くこう告げるのだ。
「コートの中に、面白くない人はいないの!」