大学2年で日活版『高校大パニック』の屈辱を味わった石井監督は、日大芸術学部の卒業制作として伝説の『狂い咲きサンダーロード』に取りかかった。
当初から長編商業映画としての公開を目指した本作には、自主映画界の仲間たちが大学の垣根を越えて協力した。(全4回の3回目/最初から読む)
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最初から長編商業映画を撮るつもりだった『狂い咲きサンダーロード』
――いよいよ『狂い咲きサンダーロード』ですが、これは日大芸術学部の卒業制作だったんですか。
石井 卒業制作です。『高校大パニック』で屈辱を味わったので、次にいつ撮れるか全然分からない。だからこそ、卒業制作で16ミリの映画を作れるので、悔いのないものを撮りたいという思いでした。あと、上板東映の小林支配人(※注)も少し出資するということになって。
――日芸の卒業制作って、上映時間の規定があったと聞いたんですけど。
石井 45分以内です。
――それをあえて無視して。
石井 最初から私は長編商業映画を撮るつもりでした。だからシナリオは短くして提出した。
友人や両親、仲間など、たくさんの方々に協力していただいた
――卒業制作とお聞きしてもそうは見えない。お金のかかり方とか、キャストも小林稔侍さんも出てますし。卒制の枠組みとやろうとしている中身のギャップはとても大きかったと思うんですが。
石井 これは最初に言わなきゃいけなかったんですけど、映画は共同創作です。私が監督したい映画も絶対に1人じゃできません。いろんな方々の協力がたくさんあって初めてできあがるものです。
友人や両親、仲間や、知人の方々のたくさんの助力が大きかったし、表現への刺激や勇気を貰った泉谷しげるさんの力もすごく大きかったし、上板東映の小林さん周囲の力も大きかった。
東映関係、例えば小林稔侍さんのキャスティングとかは、確か、上板の小林さんを通じてお話を振って、小林稔侍さんに会っていただいて、台本をお見せしたら、とにかくやりますと。
ギャラなんか保証できないのに。関わってくれた全員がそうです。エキストラたちもみんなそうだし。そもそもバイクを私は持ってなかったんです。
――バイクが一番大切ですよね。
石井 バイクを持ってないのに暴走族の映画を撮るというのは、本当にとんでもないバカ者だと思うんですけど(笑)。だから、バイクや暴走少年たちもこの作品で全ての助手をこなしてくれた緒方明君にほとんどを協力要請で集めて貰って。