〈そうだ、もう一度長江を撮り、彼らに会いに行こう〉
ドキュメンタリー監督の竹内亮さんが、中国の長江を遡り、源流の最初の一滴を目指す6300キロに及ぶ大旅程を描く『劇場版 再会長江』が日本で先行公開される。
13年前、長江の雄大な自然とそこに生きる人々を撮ったドキュメンタリー『長江 天と地の大紀行』は高い評価を得た。だが、竹内さん自身は納得していなかった。
「当時の僕は中国語を話せなくて、通訳を介した表層的なインタビューに終始してしまった。中国人がどんな暮らしをして、何を考えて生きているのか全く理解できておらず、作品は浅かったんです」
撮影後、竹内さんは決断する。もっと深い作品を撮る、中国へ移住する――。格好つけすぎかな、仕事に飽きて、面白いことがしたかったんです、と笑う。34歳だった。
「中国人の妻は喜ぶどころか大反対でした。子どもが生まれ、家も買ったばかり。安定した仕事も捨てるとは信じられないと。折しも尖閣諸島問題が起きて反日デモが激化し、またPM2.5で環境汚染も問題となっていましたし。でも、こんな時だからこそ中国に行けば目立てるんじゃないかという思いもありました」
2013年に中国南京へ。日本に住む中国人、中国に住む日本人を取り上げた番組『我住在这里的理由』《私がここに住む理由》(4年で再生回数6億回を突破)などで着実に地歩を固め、いまやフォロワー数1000万人、“中国で最も有名な日本人”になった。
「インフルエンサーになるのは作戦でした。いくらエンタテインメントな作品を心がけても、ドキュメンタリーというのは見てもらえないんです。それは中国でも同じ。だから、まず有名になって、ファンになってもらう。そして竹内が撮ったなら見てみようと信頼してもらおうと思いました」
「僕の10年間の集大成」と胸を張る本作では、再訪した長江で生きる様々な人と出会う。「教養がないからこれしかできない」と話す港湾労働者の老人。ダム建設に伴う“ダム移民”で故郷を失い、豊かな暮らしを得た村人。伝統的な通い婚をめぐり揺れる少数民族。とりわけ雲南省シャングリラのチベット族の少女茨姆(ツームー)との再会は印象的だ。前作で、彼女は観光客に子羊との写真を勧めて日銭を稼いでいた。
「この撮影は、彼女にもう一度会いたくて始めたようなものなんです。10年間で中国は驚くべき経済発展を遂げました。誰もが貧しかった頃の純真は影を潜め、強く狡く、利己的でないと競争社会を生き抜くことはできなくなった。彼女も変わってしまったのではないかと気がかりでした……」
中国人も忘れかけた純真を、彼ら自身の声で描き出す。撮影方法にも工夫があった。
「カメラの後ろから話すと、相手はカメラが気になって緊張してしまう。カメラの前に僕が立って話すことで、主人公は自然に会話できるんです」
“旅人”を相手に、彼らは自然に身の上を語る。日本のメディアでは見られない映像だ。
「中国人が本心を話さないのは、独裁政権に発言を制限され、懲罰を恐れているからではなく、何を言っても揚げ足をとって悪く報じるイメージがある日本のメディアを警戒しているんです。僕などには、日本人こそあれもこれも言っちゃだめだと息苦しそうに見えます。そう、コンプライアンス。中国語に当てはまる言葉があるのかな」
SNSで世界と繋がれる現代に、会いに行く意味とは。
「そこをみなさんに考えてほしい……では答えになってませんか(笑)。実際に会えば、その人の人生とか考え方とか哲学とか様々なことを発見できる。SNSには限界があって、相手をより知るには会うしかないんですよね。日本でも身近になった中国人に、興味を持ち、知るためのきっかけに本作がなればいいですね」
たけうちりょう/1978年、千葉県生まれ。代表作にNHK『長江 天と地の大紀行』、テレビ東京『ガイアの夜明け』、YouTubeドキュメンタリー『私がここに住む理由』、
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映画『劇場版 再会長江』
4月12日公開
https://www.saikaichoko.com/