2 『薬物依存症の日々』清原和博(文春文庫)
野球界のスーパースター・清原和博さんが、覚醒剤取締法違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けたことは、誰もが知るところだろう。
本書は、スポーツノンフィクションの名作『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』の著者・鈴木忠平さんが清原さんにロングインタビューをしてまとめたもの。薬物依存症の苦しみや葛藤、再生への果てしなき道のりが、ありのまま描かれている。
本書の冒頭、清原さんは「執行猶予をもうちょっと延ばしてくれへんかな」と告白する。逮捕から4年、執行猶予期間を経て清原は生まれ変わったんだ、と胸を張ることができないのだ。
「だってぼく、ほとんど何も変わってないんですから」ーー。
「ぼくの新しい生き方は、薬物でなく、人に依存するということ」
薬物依存を治す薬はない、と言われたときの絶望、うつ病、死の願望、理解者の存在、家族、そして自分の原点である「甲子園」。2018年、第100回の夏の甲子園大会の決勝戦を、清原さんはスタンドで観戦し、心の充足を得るが、その直後から「燃え尽き症候群」のような状態になってしまいます.....。
「ぼくは薬物依存症とうつ病に加えて、アルコールとも戦わなくてはいけないことを知っていくんです」ーー
彼の知られざる苦闘の歩みには、無数の「教訓」がある。もう一つ、戦い続けている清原さんの言葉を紹介しよう。
「この4年であらためて『人間』という字の意味を考えました。人と人の間に生きる。今のぼくがまさにそうです。人というのはそうやってしか生きられないんだな。それが人間なんだなということに気がついたんです。
ぼくの新しい生き方は依存することです。
薬物にではなく、人に依存するということです」(同書より)
なお本書については、清原さんの主治医である松本俊彦さん(精神科医、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長)による解説文も必読だ。依存症と環境要因についての研究や、メディアの報道を含めた薬物依存症をとりまく社会の歪み、本当に依存症から回復していくために必要なことについて、われわれが知っておくべき事柄が誠実に記されている(解説はこちらで全文公開中)。
3 『イン・ザ・プール』奥田英朗(文春文庫)
最後に、直木賞作家の名作小説をオススメしよう。
ベストセラー作家奥田英朗さんが手掛ける、総合病院の神経科医師が主人公の「伊良部シリーズ」第1作。松尾スズキ主演で映画化もされている。ちなみに直木賞受賞作となった『空中ブランコ』は本シリーズの第2作で、第3作『町長選挙』、昨年刊行の最新作『コメンテーター』と合わせて累計290万部の人気シリーズとなっている。患者たちのさまざまな「変な症状」に、輪をかけて「変」なキャラクターの伊良部医師がよくいえば自由、悪くいえばありえない“治療法”で向き合っていくというコメディ仕立てのストーリーで、中編5作が収録されている。
抱腹絶倒、なのに豊かな学びがある!
表題作では下痢や呼吸困難、内蔵の不調などを訴える患者と、とある依存症の妙なる関わりが描かれる。また、「フレンズ」では、メールを打つ回数が一日300通を超えた「ケータイ依存症」の高校生が登場。いずれも、思いもかけない伊良部の行動が、患者の変化を促していく。
他3作には依存症とは異なる症状の患者が登場するが、「病は気から」とはよくいったもの、いずれも神経科ならではの「こころ」の問題がクローズアップされた、読み応えのあるストーリーが揃っている。
抱腹絶倒なのに、豊かな学びがあるオススメの一冊だ。