また、判事や検事の採用については、この頃も「男性に限る」とされたまま。女性がなることができた法律家を弁護士に限ったのは、そうした格下扱いの意識が関係していたのではないか? そんなふうにも思えてくる。
嘉子の早い結婚を望んでいた母親も受験勉強をサポート
しかし、司法科試験は“格上”の裁判官や判事の志望者と“格下”の弁護士志望者が同じ土俵で争うことになる。帝大生でも合格は至難の業といわれる狭き門であることに変わりはない。明治大学法学部をトップの成績で卒業した嘉子だが、やはり高いハードルと感じていた。
負けず嫌いで勝ち気な性格ゆえ、険しい壁が目の前に立ちはだかっていれば、臆するどころか逆に闘争心がわきたつ。
また、自分の合否は女子部の存続にもかかわってくる問題でもある。母校のため、後につづく後輩のため……。その思いが、燃えたぎる闘争心に油を注ぎつづける。使命感をかきたてられる。
大学卒業後は、その年の秋に予定されていた試験にそなえ自宅で受験勉強に明け暮れた。普通の女子大学を卒業生していれば、見合い話もたくさん持ち込まれたところだろう。けれど、法律を学ぶような“恐ろしい娘”を嫁に欲しがる物好きはいない。おかげで面倒なことに煩わされず、受験勉強に専念することができた。
この頃には母も諦めたのだろうか、それとも、新しい女の生き方に理解を示すようになったのか? 嘉子のやることには一切文句は言わず、それどころか、夜食の準備をしたりして受験勉強をサポートしてくれた。
必修科目の憲法では「国務大臣の権限を論ず」などの出題が
司法科の筆記試験は必修科目と選択科目に分かれている。必修科目は憲法、民法、商法、刑法から1科目を選択する。また、選択科目は哲学、倫理学、心理学、社会学、国史、国文及漢文、行政法、破産法、国際公法、民事訴訟法、刑事訴訟法など様々なテーマの中から2科目を選択するようになっていた。
ちなみに、昭和8年(1933)の試験問題が現存しているので一例を紹介すると、必修科目の憲法は「国務大臣の権限を論ず」「租税に関する憲法上の原則を論ず」、民法は「信託行為を説明すべし」「民法第四百十六条を説明すべし」という出題がされている。また、選択科目の国際公法は「条約は如何にして成立するか」「戦争が通商に及ぼす影響如何」、民事訴訟法は「訴の客観的併合を説明すべし」「判決の既判力を説明すべし」というものだった。記述式で問いに対する深い理解や知識が求められている。