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試験会場で女子は判事や検事になれないことを知り憤慨
嘉子が試験会場に入った時、受験生の控え室に司法官試補採用に関する告示が貼ってあることに気がついた。司法科試験合格者の中で判事や検事の職を希望する者は、司法官試補に応募して研修を受けなければならない。その募集に関するものだった。合格者の大半は裁判官や判事になることを希望するのだが、しかし、司法官試補に採用されるのは約80名。合格者の3分の1程度でしかなく、残った者たちは弁護士試補として各地の弁護士事務所で研修を受けることになる。
現代の司法修習とは違って、戦前は公務員である検事・判事の研修は国がおこない、個人業種の弁護士は弁護士会がおこなう、それぞれ別個の研修システムになっていた。また、弁護士試補の1年6カ月にもなる研修期間中は無給だったのに対して、判事や検事の卵である司法官試補には給与が支払われる。待遇にも格差があった。
女性初の裁判官を目指すキャリア形成がスタートした
しかし、嘉子が試験会場の告示を見て憤慨したのは、弁護士と判事・検事の待遇格差が理由ではない。その採用条件に「日本帝国の男子に限る」という一文を見て、納得がいかなかったのだ。
戦後になってから嘉子がとある講演会に出席した時に、
「裁判官をなぜ日本帝国男子に限るのか。同じ試験を受けて、どうして女子は駄目なのかという悔しさが猛然とこみ上げてきたことが、忘れられません」
このように語っている。高等試験の会場で目にした衝撃と怒りは、長い年月が過ぎてもけして忘れることなく、心のなかにトゲのように突き刺さっていたようだ。
青山 誠(あおやま・まこと)
作家
大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』(角川文庫)などがある。
作家
大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』(角川文庫)などがある。