売るあても貸すあてもなく…
すると、牧田さんからは、意外な話が飛び出した。
「私が26歳の時、はじめて柳ヶ瀬で酒を覚えた。その店がムーランルージュだったんですよ。売りに出ているのを見て買ったのは、『懐かしい』だけですね」
なんと、売るあても貸すあてもなく、ただ懐かしいというだけで、不動産を購入したというのだ。
当時のムーランルージュの様子について聞こうとしたが、「ムーランで酒を覚えたけど、当時は若かったから、(若い子が少ない)ムーランにはあまり行かなくて、スナックばっか行っとった」とのこと。
「当時は大箱のキャバレーがたくさんあって、コマスタジアムには山本リンダも来ていた。ショーボートとか、ニュー森永とか、キングオブキングとかね」
今の姿からはなかなか想像できないが、本当に華やかな繁華街だったのだろう。楽しそうに往時を振り返られる姿が印象に残った。
柳ヶ瀬に残る時代の残渣
現在、柳ヶ瀬では活性化に向け、再開発によって巨大なマンションを建てたり、単発のイベントを行ったりしているが、正直、それだけでは大きな時代の流れを変える抜本的な対策になるとは考えづらい。
柳ヶ瀬に残るスナックの横丁や、半世紀以上前から当時のままの姿で営業を続けている店舗もある。スタープレイス柳ヶ瀬商店街には、全国を探してもここにしかないアーケード全面がオーロラのように光る壮大なネオンもある。電気代がネックとなり今は灯らなくなってしまったが、そうした「柳ヶ瀬ブルース」の時代の面影に、魅力を感じる人も少なくない。
私としては、新たに誕生する輝かしい部分だけではなく、柳ヶ瀬に残る時代の残渣ともいうべき部分にもフォーカスし、今後も観察と記録を続けるとともに、その魅力を多くの人に伝えていけたらと思っている。
最後に、今回のムーランルージュ取材にあたり、ご協力いただいたスナックいずみのママ、マキレディの牧田会長をはじめ、仲介頂いたカンダまちおこし株式会社の田代社長、プラスリアルティの大竹社長、同行頂いたスタープレイス柳ヶ瀬商店街及び岐阜柳ケ瀬商店街振興組合連合会の関係者の皆様に、心から感謝申し上げます。