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 さて、本書『烏は主を選ばない』は、『烏に単は似合わない』に続く山内を舞台にしたシリーズ第二作である。

 前作は、次の金烏となる若宮のお后候補の姫たちが、東西南北の四家から登殿するという物語だった。華やかな女のバトル。后決めは姫たちによる代理政争であり、恋愛小説であり成長小説であり、そして何より、あっと驚くミステリでもあった。

 阿部智里はこの『烏に単は似合わない』で第19回松本清張賞を受賞、20歳の現役女子大生作家として文壇に元気よく(本当に元気よく!)飛び込んできた。

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「八咫烏シリーズ」の著者・阿部智里さん ©文藝春秋

 読み始めてすぐに時間を忘れ、没頭したことを覚えている。すごいのが出てきたぞ、とわくわくした。「今度は乗り遅れずに済んだぞ」と思ったのはこの時だ。

 しかしその時点では、作品はまだ一作のみ。このレベルを維持できるのか。書き続けていけるのか。その判断はできなかった。

 しかも『烏に単は似合わない』を読んだとき、私にはひとつだけ、不満があったのである。それは「若宮、何してんだ?」ということだ。自分のお后選びなのに、まったく姿を見せないんだから。

 姫君たちが暮らしていた御殿ではさまざまな事件が起きたが、そんなもん、はっきり言って若宮の態度ひとつで防げた悲劇ではないか。だいたい、三角関係にしろ嫁姑問題にしろ、ひとりの男をめぐる女の闘いなど、その男さえしっかりしていれば大抵の問題は解決するのだ。それがまったく姿を見せず、最後の最後に出てきて美味しいところだけかっさらうってアンタ、どうなのよ、それ。

 レベルを維持して書き続けられるかという不安。第一作に対する、若宮の描写欠如という不満。

 この不安と不満を『烏は主を選ばない』は一瞬にして跡形もなく吹き飛ばしたのである。驚いた。唸った。

 まず、第一作に若宮がほとんど出てこないことの不満については、ええ、そりゃもう、本書を読んで納得しましたとも。

 若宮、こんなことになってたのか! そりゃ来られんわ。来てる場合じゃないわ!

 本書は「女たちがお后選びで火花を散らしていたその時、若宮は何をしていたか」の物語だったのである。つまり、『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』は同じ時間軸を別の視点から描いた、対になる話なのだ。『烏に単は似合わない』に若宮からの使いが登場したが、同じ場面が今度はその当人の視点で綴られるのである。あったあった、この場面、と思わず前のめりになった。

 こう来たか。もう、読みながら声に出して言ったね。こう来たか! 阿部智里、おまえ、こう来たか!

 阿部智里はインタビューで「まだ清張賞に応募する前の段階では、ふたつの作品を組み合わせて同じ時間軸で、同じ事件を男性と女性の視点から、交互か、あるいは前と後ろでたおやめの章、ますらおの章と分けて書くつもりでした」と語っている。

 そもそもが、ひとつの物語だったのである。しかし彼女はそれを分けた。大正解だ。何より、テーマが違う。

 ここでやっと本書のあらすじが紹介できる。われながら前振りが長くて申し訳ない。

「ぼんくら」な側仕えと「うつけ」の若宮……と思いきや

 本書は北の領地、垂氷の郷長の次男、雪哉が主人公だ。まだ元服前の少年である。学問は弟に追い抜かれるし、剣の腕は一瞬で降参するしのぼんくら次男として有名で、周囲は雪哉の先行きを危ぶんでいた。「武家の子というに、情けないのう。お主には、野心というものはないのか」と問われ「塵ほどもありませんね」と即答してしまうような少年なのである。ところがひょんなことから、このぼんくら雪哉が、中央で若宮さまの側仕えになることに。

 一般の少年なら大出世であるその役目も、雪哉は嫌で嫌で仕方ない。ところが出仕してびっくり。若宮は噂以上の奇矯な人物だったのだ。自分勝手だししきたりは破るし、花街や賭場へも出入りしているらしい。この若宮、うつけと評判なのである。