累計200万部を突破した大人気和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」。NHK総合で毎週土曜日に放送中のアニメ『烏は主を選ばない』の原作小説として、現在注目を浴びている。アニメの放送と原作小説のヒットを記念して、「八咫烏シリーズ」の第2部第2巻『追憶の烏』(文春文庫)の解説を全文公開する。

追憶の烏』(文春文庫)

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全ては后選びから始まった! 

 日本の文芸シーンにおいて、今もっとも面白くもっとも続きが気になるシリーズものと言えば、阿部智里の「八咫烏シリーズ」をおいて他にないだろう。松本清張賞を史上最年少の20歳で受賞したデビュー作『烏に単は似合わない』(2012年6月単行本刊)から始まる第1部は、全6巻で完結。その後、『楽園の烏』(2020年9月単行本刊)により第2部が開幕した。このたび文庫化された本書『追憶の烏』(2021年8月単行本刊)は、第2部第2巻に当たる。

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 もしかしたら、今回初めて「八咫烏シリーズ」を手に取り、本編を読む前に解説をチェックしてみたという方がいるかもしれない。そんな方にはここからでも、単巻でも楽しめるが……今巻に関しては、既刊を順番通りに読んでおけばより楽しめることをお伝えしておきたい。以下の文章では、2024年2月上旬現在、本編9巻+外伝2冊まで刊行済みの本シリーズにおける、今巻の位置付けを記す。そして、既刊を読んでおくことがお勧めである理由を示したい。

 既に追いかけているという読者にとっては言わずもがなであるが、本シリーズは人間の代わりに八咫烏の一族が住まう、峻険な山に囲まれた異世界「山内」をおもな舞台に据えた和風ファンタジーだ。大自然への畏怖とその奥にある見えないものを感知しようとする想像力、古今東西あらゆるジャンルのフィクションを摂取することで鍛え上げられたであろう物語作家としての体幹、日本の神話や平安文化などに関する豊かな知識と教養……。作家はそれらを駆使して、現実世界から独立した強固な(ただし、さまざまな点で現実と地続きの)異世界を創造している。

「八咫烏シリーズ」の文庫版は全部で10巻(うち2巻は外伝)。さらに、単行本の『烏の緑羽』『望月の烏』も発売中

 かの地を司る宗家一族のナンバーワンが、金烏だ。第1部第1巻は、次期金烏である奈月彦(若宮、日嗣の御子)の后選びの物語だった。第2巻『烏は主を選ばない』(2013年7月単行本刊)は前巻と同時期の出来事が別視点から語られる政治サスペンスであり、第3巻『黄金(きん)の烏』(2014年7月単行本刊)では八咫烏の天敵である猿が登場し、本格ミステリー的展開が勃発。第4巻『空棺の烏』(2015年7月単行本刊)では少年だらけの寄宿舎モノへと変貌し、第5巻『玉依姫』(2016年7月単行本刊)は山内という異世界そのものの謎を巡る物語へとスケールアップ、最終第6巻『弥栄の烏』(2017年7月単行本刊)は本格的な戦記ものだった。

 1巻ごとに、ここまでガラッと雰囲気が変わるシリーズも珍しい。なおかつ各巻には必ず、登場人物の化けの皮か、世界の壁紙が剥がれる瞬間が描かれている。そのたびに、それまで読んできた巻で見ていた風景もガラッと変わる。単巻でも楽しめるが、順番に読み継いでいくことで、シリーズものならではの面白さが加わるのだ。つまり、第1部の時点で既に十分面白く、続きが気になるシリーズものであった。