「だけどね、トヨタという会社は幸せになった。これだけは間違いない。僕らが苦しめられていた、天津汽車との関係を終わらせて、第一汽車、広州汽車と組んで、間違いなくトヨタは幸せになった」
そして悪戯っ子のような表情を浮かべ、こんな言葉を投げかけて挨拶を終えた。
「皆さん、幸せになりましたか? 僕はそうでもないです。こんなもんです」
「僕はそうでもないです」という挨拶は、服部の本音でもあるのだろう。
服部はまた一口、焼酎の水割りを飲み込んだ。いつもの酒席で見せる服部の表情、仕草に戻っていた。声も愉快に笑う時のような、やや甲高いものになり始めていた。
「章男ちゃんは複雑なんだよ」
「章男さんがアジア本部本部長を離れる時に、幹部社員の前で、僕へのお礼を言ってくれた。『すべて服部さんのおかげ』と言ってくれたよ」
「嬉しかった?」
「そりゃ、嬉しいよ……当たり前じゃないか」
服部は少しムッとしたような表情で、大きな声を出した。
「でも章男さんは、テレビや雑誌などでも、中国の時のことはほとんど喋らないですよね。それって、自分がやった手柄じゃないからなんじゃないですか? 本当に感謝しているのかな」
「児玉さんね、章男ちゃんはね……」
いつの間にか“章男さん”から、“章男ちゃん”に呼び方が変わっていた。服部の年齢から、また経験してきた出来事の数からするならば、服部にとっては“章男ちゃん”なのだろう。
「章男ちゃんは章男ちゃんで、複雑なんだよ。奥田さんは章男ちゃんのことを、『章男はコンプレックスの塊だ』と話していたけれど……。まあ、章男ちゃんはね……複雑な子なんだよ。章一郎の育て方が問題だったんじゃないのかな」
章男に話が及ぶと、服部の歯切れがとたんに鈍った。それは、章男を一方的に擁護するわけでもなく、一方的に批判するわけでもなかった。その声には、どちらかといえば哀れみの響きがあった。
服部は、こんなエピソードを教えてくれた。