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「なぜかっていえば、特に理由はないけど……、昨年から児玉さんに会ったり新しい刺激も受けたし、話していて昔のことを振り返ることもできた。まあ、そんな具合かな……」

 100人以上の元トヨタマンが集まったOB会は、和気あいあいとしていた。特に、第一汽車との合弁前から中国事業に投入されていた者たちは、「天津汽車」との合弁で苦楽を共にしただけに、そんな苦労話もあちこちで聞こえてきた。

 社長の章男は、この会にメッセージは寄せていたものの、会場に姿を見せることはなかった。

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章男氏が語った“感謝の言葉”

 2005年、アジア本部本部長を離任する時、挨拶に立った章男は、

「自分は中国のことなど、まったく知りませんでした」

 と切り出した後、感謝したい人物として、

「まずは服部さん。なんといっても服部さん」

 と、万感の思いを込めて名前を上げ、会場にいた服部に視線を移し、

「本当にありがとうございました」

 と、万座の中、深々と頭を下げたほどだった。こうした経緯を知る、中国合弁事業に携わった者たちの間から、

「章男さんはどうしたんだろう? やっぱり忙しいんだろうな」

 という声が上がるのも、不思議ではなかった。気兼ねのない集まりだっただけに、会場には笑い声が絶えなかった。そんななか、挨拶に立ったのが服部だった。

「服部さん、瘦せたね!」

 こう声が飛ぶと、服部は声の主に視線を移し、

「苦労が多いんだよ、日本は」

 と言って、ニヤリとしてみせた。会場は爆笑に包まれた。

「今日は久しぶりに懐かしい顔を見られて、うれしい思いです」

 そしてこう続けた。

『トヨタ 中国の怪物』(児玉博 著、文藝春秋)

「皆さん、幸せになりましたか? 僕は…」

「トヨタと第一汽車、トヨタと広州汽車、この合弁はすべて僕が決めて、僕がやってきた。ここに来ている人たちの、人生を変えてしまった張本人は僕ですから、とてもね、責任を感じておるんですよ。そうは見えないかもしれないけど……」

 会場から、また笑いが起きた。

「第一汽車、広州汽車と、僕が合弁をやったけれど、果たしてそれで皆さんが幸福になったか、不幸になったかはわかりません。でもね」。服部はここで言葉を切り、息を溜めた。