それが明らかになったのは、シーレの作品がようやく世間に認められはじめてからだ。彼はきちんとした家の娘と結婚し、社交界に受け入れてもらい、さらなる飛躍を遂げようと思った。「ふさわしい娘」はすぐ見つかり、プロポーズして承諾をもらう。
彼はヴァリに手紙を書いて手渡した。そこには、結婚するのでお前とは別れる、ただし一年に一度は二人きりでヴァカンスに行こう、と書いてあった。
ヴァリは見上げた態度を示す。泣いたり喚いたりはしなかった。シーレが身勝手なナルシストであることを知っていたし、いつかはこういうことになると覚悟していたのだろう。彼女は「一年に一度」という要求に対し、ありがとう、でもそれはできない、と答えて去った。ここからがシーレらしいのだが、そうなると急にヴァリへの未練と自己憐憫に囚われ、それが代表作『死と乙女』へと結晶する。
若さの盛りの娘のもとへ死神が現れる、というこの世の非情は、中世から連綿と描かれ続けてきた美術の一大テーマだ。シーレはいつもの尖った痛々しい筆致で、「ヴァリを抱く死神としての自分」を描いた。あくまで自分が主人公だ。
岩場に屍衣のような布を広げて抱き合う二人。ヴァリは細すぎる腕で(実際には黒い衣に隠れているだけだが、意図的にこの表現を取っている)すがりつくようにシーレに抱きつく。顔が黒く変色した彼は、後ずさりして離れようとしており、足はすでに布から出ている。自分と別れたらヴァリは死ぬ、自分は死神だと、相変わらずのナルシストぶりだが、とはいえ見開いたその目はヴァリを失う恐怖に愕然としてもいる(詳しくは拙著『怖い絵 死と乙女篇』〔角川文庫〕参照)。
シーレはほんとうに死神だった。
ヴァリはこの後、従軍看護婦に志願して戦場へ赴き、猩紅熱(しょうこうねつ)に罹患し、二十三歳の若さで死んだ。
ウィーン宮廷における「友人」関係
クリムトやシーレより上の、いや、高位貴族よりももっと上の身分、最高位たるフランツ・ヨーゼフ皇帝の場合はどうか?