『王墓の謎』(河野一隆 著)講談社現代新書

 仁徳天皇陵古墳や秦始皇帝陵、またはクフ王のピラミッド。それらは「王の権力の象徴で、権力を誇示するために築かれた」。教科書にはそう書いてある。だが、本当にそうだろうか?

「『王墓=権力の象徴』説には大した論拠がないんです。墓の規模や副葬品からそう判断しているだけで、映画などで描かれる専制的な王の姿も、そのイメージを助長していきました」

 東京国立博物館学芸研究部長で、長年にわたり古墳などの古代文化を調査・研究してきた河野一隆さん。このたび上梓した『王墓の謎』では「王墓=権力の象徴」という定説を覆し、古代のイメージそのものに新しい光を当てている。

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「王墓が権力の象徴なら、国家や社会の体制が整って権力者の力が強くなると、より盛んに築かれていたはず。実際は逆で、むしろ減少しているんです。日本を例にすると、古墳は全国に約16万基あって、これは現在のコンビニの数の倍以上。古墳時代と呼ばれる3世紀半ばから7世紀にかけて築かれたわけですが、飛鳥時代に入って国家の体制が整うと、そうした文化は急速に廃れていってます」

 世界各地で築かれた王墓も同様だ。王墓造りの最盛期は、いわば体制の形成期に当たっているという。

「農地を広げたり、都市を整備する必要もあったでしょう。なのに営々と王墓を築いていたのには、それが人々にとって大事な何かだったからだと思うんです」

 あらためて問う。王墓はなぜ築かれたのか? 本書は「王墓の謎」として「王墓は誰の墓なのか?」「王墓は都市文明の副産物なのか?」「王墓の規模は、なぜ断続的に大型化したり縮小したりするのか?」「王墓にはなぜ高価な品々が副葬されたのか?」「王墓はなぜ時代・地域を超えて築かれたのか?」といった8つの謎が提示される。

 解明のために用いられる方法は「比較考古学」だ。

「従来の考古学は『いつ』『どこで』『何を』『どのように』の解明は得意でも、『誰が』『なぜ』は不得手としていました。ただ、人類には、時代も環境も文化も異なるのに、同じようなことを行ったり、同じようなものを作り出してきた歴史があります。『見せる埋葬』としての王墓もその一つ。さらには、長方形の周壁の中に正四角錐の墓が配された、秦始皇帝の陵園とエジプト第3王朝ジョセル王のピラミッドなど、設計プランまで酷似している例もあります。両者の没年には2500年近くの時間差があるのに、です。そのような現象を取り上げて、因果関係を比較する。『誰が』『なぜ』を考えるんです」

 本書は“回り道”の部分もとても刺激的だ。王墓についてのみならず、そもそも王とは、社会とはといったところから、文化人類学や比較文明論も参照しつつ考察が進められる。

河野一隆さん

「この本は、古墳やピラミッドなど、皆さんが王墓を見に行ったときに考えるきっかけになればとの思いで執筆しました。でも、定説と違うことを唱えるには、やはりそれを支えていたバックグラウンドも見直す必要があって。これは人類学者のJ・フレイザーが『金枝篇』で述べていたことですが、王殺しや、死と引き換えに人間に神聖性が与えられたプロセス等々で王墓を捉えると、見方もまったく変わってくるんです」

 古の王が、労働を強制する強い存在ではなく、生贄のように神に捧げられた弱い存在だったとしたら。また、そんな王の墓を人々が築いた意味合いとは――。答え合わせは、驚きと興奮の連続だ。ぜひ本書を手に取って確かめてほしい。

かわのかずたか/1966年、福岡県生まれ。東京国立博物館学芸研究部長。京都大学大学院文学研究科修士課程修了。博士(文学、奈良大学)。著書に『装飾古墳の謎』、『王墓と装飾墓の比較考古学』、共編著に『考古学と暦年代』など。