文春オンライン

《父・手塚治虫が心配し大島渚が驚愕》「観客を不幸のどん底に突き落とす」手塚眞監督(62)が19歳で撮った映画『MOMENT』の恐るべき展開

僕たちは8ミリ映画作家だった 手塚眞編 #3

6時間前

source : 週刊文春CINEMA オンライン オリジナル

genre : エンタメ, 映画, 社会

note

手塚 始めてみたら大変だということに気づいた感じで。とにかく『MOMENT』という大作を撮り切ったという自信があったのと、『HIGH-SCHOOL-TERROR』を2晩で撮ったので、そのノリでいけば1週間に1本はできるんじゃないかと思ったんです。でもプロのビデオのスタッフでやるということになったら、スタッフの拘束時間がどうのと、製作費にかかわっていくわけですよ。だから、1日にまとめて何本撮りみたいになっていくんです。今までの自分のやり方とは違うわけですよ。そこでは葛藤がありましたね。思ったことができないという。それで途中で、もう8ミリにさせてくださいと、こちらから提案したんです。

―― ビデオ撮りの最初の体制の時に出演者をやらせてもらいました。

手塚 また白目をむいてね(笑)。

ADVERTISEMENT

―― 原口さん(注2)が作った宇宙人のマスクをかぶったり、焼却炉の中で白塗りで白目の幽霊をやったり。ビデオ撮り体制の作品を見た時、ビデオの質感だと怖くないなと感じました。

手塚 そうですね。全体的に思ったようにはいかなかった感じはします。やっぱりあの時は最初、ビデオのスタッフとやるということで、シナリオも若干テレビ的な、ある種分かりやすいものにしようというふうに考えていたんです。途中で考え方を切り替えて自分で8ミリで撮ろうと思った時に、シナリオを放棄した。もっと表現のほうに突出しようと変えて、シナリオはラフになっていったんです。でも、それがむしろよかったみたいです。

―― それを認めてもらえたのはすごいですよね。

手塚 向こうも半信半疑で。取りあえず放送してみようと。放送したらすごい反響が来たので、じゃあそれで行こうという感じになりましたね。

―― シナリオチェック無しで、どんどん撮っていくようになったんですか?

手塚 最初はちゃんとチェックしてもらっていたんですけど、そのうちに「もう好きにやっていいよ」となって。あの頃はそういうバラエティというもの自体に勢いがあったんですね。3分といえども、ゴールデンタイムに一介の学生に任せちゃうって相当な実験ですよね。

関連記事