「日本軍の騙し討ち」と宣伝できる…その楽観は早くも現実化した
会議は1時間半余つづいた。その間にも報告がどんどん入ってきたという。大統領は電話にはかならず自分ででて、自分でいちいち確認した。そして真珠湾の被害は電話が鳴るたびに、大きくなっていったのである。それでも列席の首脳たちが比較的落着いていられたのは、懸念していた開戦にたいするアメリカ国民の支持が、いよいよ確実となったからでもあろうか。ハル国務長官の日本両大使との会見の怒りをまじえた報告で、米政府は絶好の開戦の口実をえた想いである。ハワイ空襲を「騙し討ち」と宣伝することができるであろうし、対外的に米国の立場をいっぺんに有利にした。国民はこれを知ることで、挙国一致の態勢をとるであろうことは間違いなかった。
そして首脳たちの、いうなればこの楽観視は、もうこの時刻には現実となっていた。怒りにみちたワシントン市民たちはぞくぞくと日本大使館に押し寄せてきている。怒りの反応は共通していた。
「この黄色い野郎どもが! 何たる挑戦を」
「ジャップの出っ歯をいやというほど叩きのめしてやる」
映画館で映画を楽しんでいた人たちは、突然の上映中止で、「日本軍がハワイを攻撃した。本日の上映は中止とする」というアナウンスを聞くと、その足で大使館前にきて鬱憤ばらしの喚声をあげた。
大使館内の電話は鳴りっ放しである。
「このジャップの馬鹿野郎(サノヴァビッチ)」
ほとんどがそうした怒声ばかりであった。
日本人女性の身の安全のため、州の軍隊が動員された
東京日日新聞特派員高田市太郎が、そのころのワシントンの様子を伝えている。
「もう戦争のことはだれ知らぬものもない。舗道を歩いても、すれ違う米人の視線は、日本人である私に向けて、異様にギラリと光る感じさえした。町には新聞の号外が出ていた。“日本、パール・ハーバーを攻撃〞、ニュース・ボーイのどなる声が、私の耳いっぱいに響いた」