1人暮らしの尼寺を探して強盗・窃盗

5. 1913年4月、神奈川県小田原の尼寺、願修寺で斎藤法修という60歳ぐらいの尼僧が、寺を改修するための寄付金を募集していることを聞いて、夕方訪問。信者を装って5円(現在の約1万5000円)を寄付して信用させ、わざと話し込んで一晩泊めてもらった。だまして関係を結び、安心させて海岸に連れ出し、船から海に突き落として殺害。寺に引き返して現金と額面約200円(同約61万円)の預金通帳を盗み、引き出して逃げた。この際、尼僧の消息を尋ねて来た警察官と遭遇したが、言い逃れた。金は兵庫県・福原遊廓で使い果たした。

6. 同年6月ごろ、兵庫県の川崎波止場で25~26歳の男と出合い頭にけんか。あいくちで殺して海に落とし、福岡に逃げた。

7. 福岡市寿町で飲食店をしていた中山たまをだまし、無理に女房にして1914(大正3)年に上京した。女と一緒なら間借りするのに都合がいいと考えて実行した。

8. 上京後は、2人で京橋の下駄屋の2階に間借りし、相変わらず1人暮らしの尼寺を探して強盗・窃盗をしていた。

9. 同年10月、諏訪ノ森で老尼を殺害。金はなかったので、米3升(約4.5キロ)と布団1枚を盗んだ。

10. 翌日、大阪へ飛び、素人の家の2階に間借りし、昼間寺を物色しておいて夜、強盗・窃盗で金や着物を奪ったが、贓品をさばくのに都合が悪いと、また上京して神田の洋服屋に間借り。強盗・窃盗をしながら贓品を少しずつ売って生活した。

11. 1915(大正4)年1月、鎌倉・感應寺別荘で尼僧を殺害。

12. 3度大阪に高飛びして同様の犯行を続け、5月25日、大阪府三島郡高槻町(現高槻市)の慈眼寺に押し入って住職・小澤仙應(36)を殺害。金品を盗んだ。

13. 同年7月初め、また上京して芝愛宕下の雑貨商の家に間借り。杉並の法仙寺をはじめ、東京周辺で十数件の犯行を重ね、博多に高飛びしたところを捕らえられた。

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 それにしても、すさまじい“犯罪遍歴”だが、特に犯行の範囲の広さとスピードに驚かされる。その前にも「広域犯罪」はあったかもしれないが、これほど広範囲で長期間にわたる連続犯行は例がないだろう。当時は他地域の警察同士が連携する捜査共助の仕組みはなく、指紋照合も本格導入されていなかった。龍雲は巧妙にその点を突いて動いたといえる。