殺人・強盗殺人6件、強盗138件を自供
『警視庁史大正編』によれば、自供したのは殺人1件、強盗殺人5件、強盗138件で、窃盗その他は百余件に上った。自供は7人の刑事の2カ月余りにわたる裏付け捜査で全て事実と立証されたという。
ただ、見出しで「殺尼魔」と命名した8月16日付東日は、監房での龍雲について、お茶と菓子を与え、あぐらでたばこを吸わせながら“座談式”に尋問。途中で龍雲が「疲れているから休ませてくれ」と言うと許すなど、腫れ物に触れるような扱いだと書いている。「暑い」と言って肌襦袢になると「龍雲が肌を脱ぐ」(8月20日付時事新報)と見出しになる騒ぎ。そんな状態での供述をどこまで信用できるか……。
経歴にしても、8月15日付東日などには「大正元(1912)年1月、官命抗拒罪で9カ月と15日間、水戸監獄で苦役。大正2(1913)年、誘拐罪で横浜監獄に投獄されたが脱獄した」とあるが、事実とは思えない。同じ日付の國民は供述内容をこう書いている。
日に日に報道はエスカレート
「先頃、横浜で数カ所の家に押し入り、短銃を乱射して巡査を負傷させた」「大阪の寺院で20人の僧侶を縛ったうえ、警鐘に大小の鐘を切り落とした。住職を殺害して金品を強奪したうえ、『自分は北海道の者なり』と書いた紙を鐘の裏に張り付けて逃走した」……。「やけの大ぼら」と注釈はつけているが、新聞も一緒になって面白がっているように思える。
新聞報道は日を追ってエスカレート。龍雲の「新しい犯行」を競って報じた。「夜叉の如き蛮行」「獰悪殺人鬼更に恐るべき罪状を自白す」「食人鬼とは汝(なんじ)の事よ」……。
各紙には龍雲の犯行の一覧表と偽名のリストが載り、8月17日付東日は「警視廰始まつ(っ)て以来の極悪人」と見出しで折り紙をつけた。
同じ日付の読売で橋爪捜査係長も「実に近代まれに見る凶漢にして、その凶行の大胆にして残忍なること、うたた戦慄せしむるものがある」と慨嘆。8月18日付から報知は「鬼か魔か」、國民は「悪魔龍雲」のタイトルで連載記事を掲載した。





