「クタばッちまえばどうせ見えねえんだ」

 何気ない様子で監房から連れ出した私を、ジロリと横目で見て「とうとう来やがったか」と独り言のように言って、草履を引っかけながらニヤリと笑った。その刹那、私の方が心臓の底までドキリとして、魂が凍ってしまったような気がした。

 部長室へ連れてくると、龍雲は会釈もせず、のそりと黙って部長の前に突っ立った。部長が型通り「司法大臣の命令によって、ただ今より死刑を執行する」と申し渡すと、例のフフンと小ばかにしたようなせせら笑を浮かべて「よろしく頼んますぜ」とぶっきらぼうに言ってから、そこにいた係官の顔をジロリと見渡すようにしたが、そのかなつぼ眼にはこれっぽっちの恐怖の影もないようだった。むしろ、何か憤ってでもいるように不気味にぎらぎら光っていた。

 いよいよ刑場に入った。

 供物の饅頭もむしゃむしゃと食って、茶もがぶがぶ飲んでしまうと、たばこを1本吸わせてくれ」と言いだした。「死に土産に1本吸わせてくれたっていいじゃねえか」。仕方がないので相談して、特に1本許すことになった。火をつけてたばこを与えると、いかにもうまそうにぷかりぷかり吹かしていたが、3分の2ばかり吸うと、急に放り捨てた。「長えこと吸わねえもんだから、畜生ッ、頭がクラクラしやがらア。さあ、やってもらおうか……」。係官が目隠しをしようとすると、頭を振って牛のようにほえた。「よせやいッ。クタばッちまえばどうせ見えねえんだ」。あくまでも承知しないので、目隠しなし。時間は来た――。

写真はイメージ ©getty

報じられていた様子とは異なる人物像

 この通りなら、胆が据わっていることに驚かない人はいないだろう。しかし、各紙の記事にあるような、絶食して執行延期を願う姿とはギャップがありすぎる。『斷獄實録第1輯』には控訴審開始前に龍雲が提出した「請願書」と「懺悔録」が載っている。

「請願書」では「強盗殺人、強姦殺人ではなく、いずれも相手側とは知り合いの間柄で出入りしていた」と弁明。特に鎌倉の被害者とは「以前から私通していた」と主張した。「懺悔録」では、一連の犯行の動機を、日露戦争の戦死者追悼供養をめぐって対立した相手寺院への遺恨晴らしだとし、控訴審でもそう主張した。そこには、一審の死刑判決に「さっぱりやってもらいやしょう」と答えた“潔さ”は感じられない。監獄側や警察・検察が死刑執行時の龍雲の態度で全社の記者にうそを伝えたとは思えない。

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 特徴である欠けた鼻筋にしても、新聞写真で見る限りは、見出しにあるような「醜悪なる顔」「物凄き形相」とまではいえない。それが日清戦争の激戦地での戦傷だとすると、彼は戦争には被害者という側面もあることになる。

「醜悪なる顔」龍雲は常に容貌が取り沙汰された(報知)

 とすると、こうは考えられないだろうか。