第31回松本清張賞受賞作、井上先斗さんの『イッツ・ダ・ボム』が2024年9月10日に発売決定となりました。
グラフィティ(路上落書き)をテーマとした本作、その装丁デザインのためにアーティストの方にグラフィティを書き下ろしていただきました。場所はなんと、文藝春秋本社ビルの地下駐車場。7月のある夜、文春地下では何が行われていたのか——?
現場に潜入した『イッツ・ダ・ボム』の著者・井上先斗さんの特別ルポエッセイをお届けします。
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文春本社へ落書きを
麴町駅で降りるのも文藝春秋の本社を訪ねるのも初めてだった。
市ケ谷で有楽町線に乗り換えて1駅、いまいちピンとこないというのが正直なところだ。すれ違うのは皆、クールビズのスーツ姿かビジネスカジュアルな服装で、オフィス街らしいとそれで感じた。平日18時、帰宅ラッシュ真っ只中である。
僕も下半身はスーツに革靴だ。仕事終わりで、上だけ着替えてある。今日は宣材用の写真撮影もする予定になっていた。
軽く差し入れでもしようと、成城石井と、ローカルチェーンらしいドラッグストアに入った。丁度良いものがなかなか見つからず、結局、ファミリーマートで6本入りの棒アイスを買う。店を出たあと担当編集の安尾さんへ電話をかけ、今、現場に何人いるか確認した。4人。一安心する。
よく、こういうことをやってしまう。
予断で動いて後から確認をする。見込み通りのこともあれば判断ミスをしていることもある。アイスは落第点を回避。
だが、今日の本題についてはどうだろうか。
『イッツ・ダ・ボム』の単行本カバーのために実際にグラフィティを書いてもらうと聞いたのは、松本清張賞贈呈式の1週間ほど前のことだった。
「なんと弊社の駐車場を使っていいことになりました!!」
安尾さんからのメールなので〈弊社〉とは当然、文藝春秋のことである。
マジか、と胸の鼓動が高鳴ったことを覚えている。許可をもらってなので〈ボム〉ではないとはいえ、文藝春秋の本社ビルに落書き! しかも書いてくれるのは街でボミングをすることもあるグラフィティライターさんであるという。折角なので立ち会ってみませんかというお誘いの一文に「是非!」と即答した。
一方、不安にもなった。
はっきり言って『イッツ・ダ・ボム』は聞きかじりで書いた小説である。資料に当たりはしたが、僕は本物のグラフィティライターに会ったことすらない。
どんな手順で書かれるのか。ストリートの人間の感覚はどういったものなのか。今日、答え合わせがされてしまうわけだ。
レジ袋を頼りなくぶら下げながら文藝春秋の本社と地図アプリが示す方へ向かうと、安尾さんが待ってくれていた。
就職活動以来、こうした立派な自社ビルに入った記憶がないなと思うくらいの建物の地下へ案内される。余り社外の人間へ見せる空間ではないのだろう、販促やイベントのポスターもありはするが機能性重視の雰囲気で、白い蛍光灯が眩しい。エレベーター前に倉庫からの放出品だという文庫本や雑誌が積まれていた。
「ここです」
重い金属扉が開けられた途端、空気が変わった。