ソウルの春。1979年10月、独裁者と言われた韓国大統領が暗殺され、文民出身の大統領のもと、国民待望の民主化が進むかに見えた。
だが、暗殺事件の合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン保安司令官(ファン・ジョンミン)は、独裁者の座を狙い、12月12日、軍内部の秘密組織「ハナ会」の将校たちを率いてクーデターを決行する。それを阻止すべく、首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)は決然と立ち上がるが……。本作は、民主化の頓挫に至る分水嶺となった9時間の事件、「粛軍クーデター」を描く。
「なぜクーデターは成功したのか。国民の知らぬ間に、一夜にして政権が替わるという衝撃を伝えたいと思いました。韓国でも、内情を知らない人が多いので、勝利した反乱軍を正当化しているように受け取られないかは心配でしたが」
勇気をもって撮った――。キム・ソンス監督が表情を硬くするのは、あの日、19歳の監督自身が群衆の中にいたからだ。「あの夜の銃声を忘れることはできない」と振り返る。
「当時私が住んでいた漢南洞(ハンナムドン)で、鎮圧軍と反乱軍の衝突があった。しかし、翌日の新聞を見てもほとんど報道はなく、真相を知る由もなかった。知ろうとすれば、連行され、罰を受ける恐れすらありました。それ自体、反乱軍の軍人が自らの非をわかっていた証左ですが、人々は、誰も真相を知ろうとはしなかったのです」
当事者たちが残した回顧録や評伝などを読み込み、反乱軍と鎮圧側の生存者や、監督の親族や同級生などの証言を集めた。1年近くを要した。
さらに、70年代の建物、兵器、軍服を、細密に調査し再現した。「タイムスリップするため、パズルのピースを埋めていくのは楽しくもあった」。
本作は、韓国では、国民の4人に1人が見るという大ヒットを記録した。「主演2人の演技のおかげだ」と監督は言う。反乱軍を率いるチョン将軍は、笑い、悲しみ、焦り、怒ると感情豊かで人間臭い。一方、鎮圧側のイ将軍は、自らの信念と現実の狭間で、ひとり思い悩む。好対照のふたりは、善と悪の象徴なのだ。
「人は、悪い欲望と善の意思との間で揺れ動くものです。ほんの一握りでも悪い欲望を持つ人間がいれば、一夜にして国の権力を簒奪してしまうことだってできる。チョン・ドゥグァンは悪の究極で、イ・テシンは善の究極として描きましたが、そのほか多数の者たちは善悪に揺れている。ある者は欲望に駆られ、ある者は恐怖に苛まれ、またある者は組織の序列に従い、どちらにつくべきか迷っている。結果的に悪の欲望が勝ったが、高潔な使命感をもって抵抗した軍人がいたことも忘れてはならないと思います」
金性洙 김성수/韓国ソウル生まれ。東国大学大学院演劇映画科修了。パク・クァンス監督の助監督を経て、1995年『ラン・アウェイ』で長編監督デビュー。その後『ビート』(97)、『太陽はない』(99)の演出力を認められ、歴史大作『MUSA-武士-』(2001)を撮る。主な作品に『FLU 運命の36時間』(13)、『アシュラ』(16)などがある。
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映画『ソウルの春』(8月23日全国公開)
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