クーラーを強めにしないと夜でも汗ばむ猛暑だけれど、水曜日の夜だけはしばし暑さを忘れている。
一〇時からの『新宿野戦病院』はファンキーでシリアス、なのに腹かかえて笑える快作だし、その直後の『À Table!(ア・ターブル)~ノスタルジックな休日~』は映像も会話もクールで静謐。なので体感温度が五度は下がる。
『ア・ターブル』を放映するのはBS松竹東急。映画に重きを置いたマニアックな編成で、私も存在を知ったのは昨年の暮れだ。エドワード・ヤン監督『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』という約四時間の、九〇年代を代表する傑作を小晦日(こつごもり)に放映するって豪気だと気に入った。
市川実日子と中島歩が、四十代半ばと覚しき夫婦を演じる『ア・ターブル』の画面が淡々と流すのは、食事と散歩、そしてその間に交わす二人の会話だ。
藤田ジュン(市川実日子)は大学職員。夫のヨシヲ(中島歩)は漬物メーカー勤務で上越地区の責任者になったので、長野と東京を行ったり来たりの日常だ。
二人が住むセンスのいいおしゃれな家は、HPには吉祥寺から徒歩二〇分とある。手入れされた樹々が茂り、大きな池もあるから善福寺公園のあたりか。
昨年一月から放映されたシーズン1では、マリー・アントワネットなど歴史上の有名人が食べた料理を二人が再現する構成だったという。この夏シーズンでは、家の奥で見つけた「暮しの手帖」の「おそうざい十二カ月」「おそうざいふう外國料理」という古いレシピ本を参考に夫婦が料理を作り、その前後に頭に閃いた場所まで散歩する。
第一話で二人が訪ねる三鷹の国立天文台が圧倒的に格好いい。天文台の中にある製造から百年近い望遠鏡もまるで昔のマッドサイエンティストの研究所っぽいレトロな未来感がある。
公園に隣接した二人の家も、料理を楽しむ日常も優雅だが、もっとも贅沢なのは二人が交わす会話のテンポだ。タイパという安っぽい言葉があるが、あれと遠く離れた場所で撮られたのが『ア・ターブル』だ。
ヨシヲは最近ちょっと元気がない。ジュンがさりげなく「最近どうなの、仕事……?」とゆっくり訊く。「ああ……慣れたかな」。普通のドラマの三倍くらいゆっくり言葉が流れる。
市川実日子がそんなふうに言葉を発する瞬間を目にするのはさらに贅沢だ。彼女がいることで輝いた共演者が何人もいた。『アンナチュラル』の石原さとみ。『大豆田とわ子と三人の元夫』の松たか子。枚挙にいとまがない。市川のシスターフッド的共感力で、実力派俳優がさらに輝く。
男性俳優もまた例外ではなかった。ボソボソと低く喋る中島歩は市川の隣にいることで、新たな個性を開花させたように思う。
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『À Table! ~ノスタルジックな休日~』
BS松竹東急 水 23:00〜
https://www.shochiku-tokyu.co.jp/atable-nostalgiques/