昭和のヤクザ史に名を刻んだ“カリスマヤクザ”安藤昇。「安藤組」を立ち上げて昭和の裏社会と表社会を自由に行き来し、数々の伝説を残した。安藤組解散後は俳優に転身し、映画スターとして活躍。

 そんな安藤昇の一生を記した作家・大下英治氏の著書『安藤昇 侠気と弾丸の全生涯』(宝島SUGOI文庫)より一部を抜粋し、安藤組大幹部で「大江戸の鬼」と呼ばれ、最強の喧嘩師とも言われたヤクザ・花形敬の破天荒な人柄を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)

写真はイメージ ©アフロ

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眼に入る者を片っ端から殴っていった

 花形は、安藤の前では、ひと言の口答えもしなかった。が、安藤のいないところで酒を飲むと、ガラリと一変した。馬触れば馬を斬り、人触れば人を斬る、ではないが、眼に入る者を片っ端から殴っていった。

 当時、渋谷の宇田川町に見栄新地という歓楽街があった。小さなキャッチバーが並んでいた。

 花形が酔っぱらってキャッチバーの端の一軒に入ると、見栄新地が、パニック状態に陥った。

「敬さんが、こっちにやって来るぞ!」

 あたりをうろついているチンピラどもが、まず、われ先に逃げる。キャッチバーも、夜の8時ごろだと、いくら「花形が来た」という報せが入っても、さすがに店を閉めるわけにはいかない。

 が、12時ごろに「花形が来た!」という報せが入ると、なんのためらいもなく店が終わったふりをして閉めた。当時は、どのキャッチバーも、3時、4時まで開いていた。が、12時までに稼いでいれば、あとの3、4時間は儲けを捨てても、花形から逃げたほうが得と判断していた。

 なにしろ、花形がバーに入って来るだけで、それまでの客が出ていく。花形のいくつも傷のある顔がのぞくだけでも嫌なのに、ボックスへ座ると、靴を履いたままの大きな足をテーブルの上に乗せてしまう。

 それから、大声をあげる。

「おーい、ビール持って来い!」

店内の女をジロジロと物色し始める

 店員も女たちも、誰1人として花形の顔をまともに見ようとはしない。眼が合おうものなら、顔の原形がないほどぶん殴られてしまう。

 花形は、ビールを飲むと、冷蔵庫を開けた。中の物を勝手に取り出して食べた。花形は、食べ終わると、「女はいねえか……」と店内の女をジロジロと物色し始める。

 花形の眼が、1人の女に止まった。小麦色の肌をして野性味のあるなかに、頽廃(たいはい)的な色気も秘めている。