「そのお嬢さんね、とっても美しい人だったそうよ」
Y子さんは地元では評判の美人。そんな彼女が心中事件でこの世を去ったとなれば、すぐさま町じゅうで噂となっていた。
ちょうど用事があって横須賀から帰ってきたばかりのH本もその噂を耳にしていた。美人と聞くと少し気になる。
いったいどんな顔だったのだろうか。そんなことを考えながらH本は帰宅した。
「きょう町内で心中があったんだって。学生とお嬢さん。そのお嬢さんね、とっても美しい人だったそうよ」
晩御飯を食べていると、娘がそんなことを言ってくる。
美人――H本はなおも気になってしまった。
そしてご飯を食べ終えると「留守中に仕事を頼んでいたSのところへ行ってくる!」と言い残して家を出た。
S宅を訪れたが、Sは夫婦揃って芝居見物に出ており留守。そのまま家に戻るかと思いきや、H本はその足でまっすぐにお寺の墓地へ向かったのだった。
遺体を引きずりだし、帯や下着を剝ぎとる
H本が向かったのは、心中したあの美人令嬢の亡骸が埋葬された墓地である。
巷で大評判だったという令嬢。その美しい顔をひと目見てみたい――Hは密かにそう思っていたのだ。
墓地へ着くなりH本は素手で掘り起こしはじめた。
埋めたばかりでまだ柔らかい土はどんどん掘り進むことができる。無我夢中で掘っていくと、土のなかからY子さんの遺体が見えてきた。
おぼろな月明りに映える、真っ白いY子さんの顔。
H本は暗い欲望が沸々とたぎるのを抑えきれなくなった。
遺体を引きずりだすと、まずY子さんの帯や下着を剝ぎとる。そして遺体を小脇に抱えて走りだしたのだ。
男が走っている場所は、松林に囲われた砂地。ただでさえ走りづらい場所である。そこをひとりぶん担いだまま走るとは、とても65歳とは思えない力だ。欲望は限界を超越するのだろうか。
松林のあいだを300メートルほど走ると、H本は海岸の近くに建つ、ぶり船会社の倉庫にたどり着いた。
倉庫へ入るなり、H本はねじれた欲望の限りをつくす。