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ボッコボコのプリウスに乗って現れた東出
駅前のロータリーに止まった水色のプリウスは噂に違わず……というか噂以上にボッコボコで、すぐにそれが彼の車だと分かった。こちらに気づき、「お久しぶりです」と笑顔で運転席から出てきたのは、いま日本中の注目を集める男、東出昌大(36)その人だ。
隣で赤子を抱えている夫に「初めまして」と帽子を取って挨拶すると、今度は私の足に纏わりついて照れる子供に、「お名前言えるかな」と声を掛ける。
そう、私は家族4人で東出さんの暮らす山へやって来た。その経緯をまずは説明しなくてはなるまい。
クマをテーマにした対談を彼から提案
私が初めて東出さんにコンタクトを取ったのは、不倫報道から3年が経とうという頃。別件の取材のために東出さんの資料を集めていた私は、当時東出さんが文藝春秋の雑誌『週刊文春CINEMA!』で連載を始めたばかりの山暮らしの日記に目を留めた。
電波も届かなければトイレもない場所で、狩猟と菜園で確保した食料で暮らす、ほとんど自給自足の生活……。それを読み、「東出昌大が自然をテーマに先人たちに話を聞きに行く」という対談があれば面白いのでは? と閃いた私は、すぐに熱い思いを綴ったメールを送った。当時、私は「文春オンライン」の特派記者。媒体としては「週刊文春」とは違うものの、オンライン独自のスクープを狙って日々駆けまわる点では雑誌記者と同じ。さすがに断られるかと思ったが、東出さんはzoomでの打ち合わせに応じ、さらにはこんな提案をしてくれた。
「僕の家のすぐ近くには、ツキノワグマがやってきます。一度、子グマが罠に掛かったという連絡を受けて現場に行ったことがありますが、周りの木々がなぎ倒されて、その力に驚かされました。けれど、最近のOSO18の報道など、クマに対する恐怖心を煽る記事が多いことには疑問を感じる。だから、クマをテーマに対談はどうでしょう」
それから半年後の8月、私と東出さんは秋田県鹿角市にいた。NPO法人日本ツキノワグマ研究所理事長の米田一彦さんが毎年クマの観察のために訪れるという鹿角市は、男女4人がクマに食い殺される十和利山熊襲撃事件の現場からも近く、近年も個体数を増やしたツキノワグマが頻繁に人里に降りているとのことだった。