20年以上介護を続けた認知症の母親が、ようやく施設へ入所した。一息つけると思ったのも束の間、今度は自分の乳がんが発覚し、闘病生活がスタートする――。

介護のうしろから「がん」が来た!』(集英社文庫)は、作家・篠田節子さんのそんな実体験を綴ったエッセイだ。ここでは同書より一部を抜粋して、篠田さんが何度も検査を重ねて「クロ」とわかるまでの経緯を紹介する。(全4回の1回目/続きを読む

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ブラジャーについた小さなしみ

 昨年11月、母が介護老人保健施設に入所し、ふっと手が空き、ああ、そうだ、と紹介状を手に駒込にある内分泌系の専門病院に行った。1回目の穿刺の結果は、灰色。初めて我が身のことについて医師から「がん」という言葉が発せられる。

「厳重経過観察。1か月後に再検査」と言われ、宙ぶらりん状態にいた2月の初め、今度はブラジャーの右側乳首があたる部分にぽつりと灰色のしみを発見した。

 虫刺されの出血くらいのごくごく小さなものだが、頭に黄色いランプが灯った。

 どこかで聞いた。乳がんの症状として乳頭からの出血がある、と。早速、ネットで「乳頭出血、がん」を検索する。確かに何件もヒットする。

 自分で右側乳房を触ってみる。しこりらしきものはない。少し張っていて痛い。ということは乳腺炎か? 分泌液の色も血というより、薄い泥水か垢みたいな感じだ。

写真はイメージ ©AFLO

 取りあえず、とかかりつけの医院に電話をして乳がん検診の予約をお願いするが、応対に出た看護師さんが遮るように言った。

「あっ、それ、もう症状出ちゃってますから、検診ではなくて直接乳腺科に行ってください」

「はぁ、症状……ですか」

「検診だと自費ですが、症状が出ていれば保険がききますからね」

 すこぶるプラグマティックなお言葉に感謝しつつ、インターネットで市内の乳腺科を探し電話をする。診療予約を取ろうとすると2週間先まで一杯だと告げられたが、症状を説明すると一転、1週間後の朝いちの予約を入れてくれた。

イケメン先生による検査の結果は…

 2月半ば、乳腺クリニックを受診。

 医師は男性。コンピュータ画面ではなくしっかりこちらの目を見て話をする、中年のイケメンだ。「おっぱい」という微妙な器官を扱う男性医師として、患者応対は完璧で、さぞかしこれまで重要な告知をたくさんされてきたのだろう、とそのあまりにも真摯な態度に感服する。

 問診に触診。何も触れないらしい。

 次、マンモグラフィー。異常のない左側はさほどではないが、右側はガラス板にはさまれると凄まじく痛い。「頑張ってくださいね」と看護師さんに声をかけられ上下左右から潰される。

 その後、看護師さんが乳房を押したガラス板を拭いているのが目に入った。乳頭からかなりの量の分泌物が出たらしい。