20年以上介護を続けた認知症の母親が、ようやく施設へ入所した。一息つけると思ったのも束の間、今度は自分の乳がんが発覚し、闘病生活がスタートする――。
『介護のうしろから「がん」が来た!』(集英社文庫)は、作家・篠田節子さんのそんな実体験を綴ったエッセイだ。ここでは同書より一部を抜粋して紹介する。
手術を受けるにあたって決めなければならないことが2つある。温存するか切除するか、そして再建するか否か、だ。篠田さんが選んだ答えは……。(全4回の3回目/続きを読む)
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乳房は再建か? そのままか?
術式については、期待した温存手術はやはり私の場合は取り切れない不安もあり、あまり勧められないという。ならば、と腹をくくり、術後の放射線治療も必要ない切除手術に決定。
その先にさらに予想もしていない2択があった。
再建するか、そのままか。再建するなら事前処置として「ティッシュエキスパンダー」といって、胸の筋肉とか皮膚を伸ばすための円盤状のものを、切除手術と同時に埋め込む必要があるからだ。
女62歳。閉経後10余年。出産、授乳経験がないので胸は垂れていないが、顔はシワ、タルミ、シミの3拍子揃った立派なばあさんだ。それが乳房再建。しかも健康な左胸はこのさき順調に垂れていき、再建した右だけが永遠にお椀形に盛り上がっている。
考えたくもない。
だが、もし片方を取ってしまったとしたら……。見た目は小池真理子さんのおっしゃるとおりの「ヒン」だが、胸郭が大きいために盛り上がりはなくても分量は予想外にある。
それなりの重さのものが片方だけ消える。体のバランス、姿勢のバランスが崩れるのでは? この点を夫は非常に心配した。
「日本人の場合はそれほど巨乳ではないので大丈夫ですよ」と先生。
とはいえ、服を着るときには無くなった方に専用パッドを入れる必要があるだろう。カタログで見たなまめかしいピンクの物体が頭に浮かんだ。いちいちそんなものをブラジャーの中に突っ込むの? あるいは、肌に装着するの?
しかも私の唯一の趣味は水泳だ。そんなものを水着の中に入れてバタフライなんかやった日には……。コースロープ脇にピンクのクラゲのようなものがふわふわ浮いている図が頭に浮かぶ。嫌だ、絶対、嫌だ! それならいっそ皮膚の下に埋め込んでしまった方が……。