体の声を無視してはいけない
大切なのは、検診を受ける一方で、日常的に自分の体の状態に気を配ることではなかろうか。自分で触れたときの硬いもの、何とはなしの違和感、小さな出血、張ったような重苦しさ。
乳房に限らず、自分の体の中で異変が起きているときは何かサインがある。
頭の良くなりすぎた人間という生き物は、しばしば体からの警告や訴えを無視して仕事に励み、子育てや介護に勤しむ。それが深刻な結果をもたらすこともある。
体の声を無視してはいけない。
おかしい、と思ったら立ち止まる。危ない、と判断したら医療機関を訪れる。その一瞬をないがしろにせず、自分ファーストに切り替えることの大切さを、病気になって初めて知る。
ついにイケメン先生から結果の報告が
3月17日。少し早めに彼岸の墓参りを済ませた日の夕刻のこと。例によってイケメン先生が私の目を正面から見つめた。
「生検の結果ですが……がん細胞が発見されました」
告知というより宣告、という言葉がぴったりの真剣な眼差し。「できるかぎりのことをします、頑張ってください」と、その表情が物語っている。
ステージ1と2の間くらいの浸潤がん。続いてその他の検査結果について、詳細でわかりやすい説明がある。初期の乳がんなので、きちんと治療すれば9割方助かると告げられた。
「だいじょうぶですか?」と先生が言葉を止めてこちらの顔を覗き込む。
あまりにも平然としているので、ショックのために茫然自失していると勘違いされたようだが、クリニックから電話をもらった時点で結果はわかっていたのだから、すべて想定内だ。
還暦を過ぎてみれば身辺はがん患者だらけだ。可愛いさかりの子供を残して亡くなったフリーアナウンサーの悲劇は記憶に新しいが、私の身辺では乳がんで死んだ者はいない。
たとえば役所時代の先輩はセカンドオピニオンに従い、数年間放置した後、そろそろ大きくなってきたから、と手術したが、2泊3日で退院してきて予後は良好だ。
一緒に温泉に行ったが、温存手術のうえ、もともと赤ん坊の頭ほどもある巨乳なので、どこを取ったのか、手術痕さえわからない。
20年来の友人もやはり温存手術だが、彼女はその後の放射線治療がなかなか辛かったらしい。
「私も最初はさっさと手術してさっぱりしたいと思ったけど、とにかくその前の検査とかセンチネル生検とかの段階から、どんどん落ち込むの。やっと終わったと思っても、その後の放射線治療とか憂鬱なことがたくさんあって。せっちゃん、たいへんなのは手術が終わった後だよ」
とはいえ、普通に生きている。美熟女ぶりは変わらず、センスの良い服の下の胸の膨らみもまったく以前と変わりない。
つまり手術は受けるとして、昔と違い、最近の主流は温存。術後の放射線治療が辛い場合もあるが、終わってしまえば、見た目もほとんど変わらず、生活に支障はきたさない。若くして発症すれば進行が速く危険だが、おばさんはめったに死ななない。
このときまで私の認識はこんな程度のものだった。ところが……。