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意外にも馴染んでくれた母

 翌日、早々に老健から電話がかかり、さて、引き取りにいくか、と覚悟を決めたところが……。

「落ち着いていらっしゃいますよ」という意外な報告だった。

 一度、二度、だめでも、諦めるな、ということだ。

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 もちろんその後、「なぜ私はここにいるのか」「こんなところで無駄金を使ったら将来飢え死にする。家に帰る」が始まるわけだが、2週間ほど面会を控えるようにと指示され、静観するうちに、意外にも馴染んでくれた。

 かつて看護師として働いていた母は、ユニフォーム姿の介護士さん、看護師さん、精神科のお医者さんが出入りするフロアで、そこが自分の職場だと思っているふしがあった。他の入所者の方々と冗談を言って笑い合っている姿も見た。

 そうして少なくとも、1年2ヶ月を老健で過ごすことができた。あの相談員さんの真摯な対応ときっちり引かれた口紅の色を私が忘れることは決してないだろう。

写真はイメージ ©AFLO

施設介護に移行する唯一の現実的手段

 もし、「うちの母は、父は、絶対にそんなところは嫌だと言っている」「以前、退去を命じられた。もう私一人で面倒見るしかない」「こっちが先に死んだって仕方がない、そのときはそのとき」と諦めている方は考え直した方がいい。2度目、3度目、4度目にはなんとかなるかもしれない、と。

 自宅から施設へのハードルはあまりにも高いが、自宅→入院→施設への流れは意外にスムーズだ。介護者にとっては書類の作成や衣類その他の準備など、何かと慌ただしい家族の入院だが、介護の大きな転換点になる。ここを逃す手はない。

 家庭内に介護者がいるとちょっとした病気ではなかなか入院させてもらえないが、それが施設介護に繋げる唯一の現実的手段になることを医療関係者にご理解いただければと思う。

 そして介護者の方も「母のことは、父のことは私にしかわからない」などと思わず、専門家の言うことは素直に聞いた方がいい。

 しっかり者、できた女性、お利口さんほど、他人の言うことを聞かないし、他人に任せることができない。だが、しっかり者、できた女性、お利口さんたちの疲弊した顔と心で下した判断は、しばしば大きな間違いを犯し、悲劇的な結果を生む。