1ページ目から読む
2/4ページ目

一晩だけぐっすり眠れる…

 これまでのことを考えると、私の自宅に寝かせて緩下剤を使えば何とかなりそうにも思えた。

 だが、それ以上に、今夜母がここに泊まってくれれば、自分が一晩だけぐっすり眠れる、という誘惑の方が大きかった。

 どうせ明け方あたりには、病棟の看護師さんから「ご家族が来て患者さんを落ち着かせてください」という悲鳴のような電話がかかってくることはわかっているが、それまでの数時間はゆっくりできる。

ADVERTISEMENT

 事務手続きを終えて病棟に上がったとたん、母の叫び声が聞こえてきた。

 取りあえず胃の中のものを取り除き、嘔吐による窒息や誤嚥性肺炎を防ぐために、鼻からチューブを入れられていたのだ。

 私が顔を出したとたんに、「早く、警察を呼んでちょうだい」と繰り返す。

 わけがわからず苦しいことをされるのはたまらないが、こればかりはどうにもならない。

写真はイメージ ©AFLO

「このケースを在宅で看るのは無理ですよ」

「あんた、あたしがこんな目にあってると思ったら、あんただって今夜、眠れないだろ」

 どこまでわかっているのか、さかんにそんなことを口にする。

「びっくりされたと思いますが、大丈夫ですから」

 師長さんが落ち着いた口調でいう。続けてお医者さんから説明がある間、叫び声は延々と続いていた。

 その夜私はビールで晩酌し、正体もなくぐっすり眠った。

 翌日の午後、病院から、どうしても家に帰ると聞かないので家族が来てなだめてほしい、と電話があった。

 個室に入ると母は手足を拘束された状態で点滴され、興奮している。

 胃の中を空にし下からも出したが、まだしばらく入院治療が必要だ。だが痛み、苦しみが取れれば、本人は家に帰りたがる。短期記憶がないから経緯や事情を話して納得してもらうことができない。

「このケースを在宅で看るのは無理ですよ」とその日、先生から引導を渡される。わかっていることだが、ではどこでだれが面倒を見るの、ということになると見当もつかない。