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 この日も観客は演奏終了後も去ろうとしない。バンドはアンコールに応えようとしたが許されない。犬が客席に放たれ客は窓から逃げ出した。サインをもらおうとした若者が警察に血を流すまで殴られた。帰国したメンバーは会見で語った。

「この国(アメリカ)の過ちを批判していたが、もっとひどい過ちを見ると見方が変わる」

「共産主義の独裁とは米政府のプロパガンダなのか見てきたが、独裁は真実だった。恐ろしいほどね」

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©2023 JAMES SEARS BRYANT

「政権の手先になった」と非難されて

 当時のキッシンジャー補佐官がニクソン大統領に宛てた文書では、「このツアーはバンドメンバーにも良い影響を及ぼし、帰国後、よりバランスの取れた政治観を見せている」と書いている。これに対し「国務省主導のツアーに参加して政権の手先になった」と受け止める記事も相次いだ。

「ロックバンドが現政権と組んだということは、商業的成功を間違った方向に使ったということだ」「ファシスト・ロックバンドと呼ばれる日も遠くないだろう」

 一方で国務省は、撮影された映像を公開するとルーマニア政権との関係を大きく損なうと受け止めた。フィルムはこれまたサスペンスな方法で国外に持ち出されたが結局お蔵入りとなった。ツアーの映像は日の目を見ない。ツアーを迫られた事情も明かせない。誤解を解くことができないまま、バンドの人気は落ちていく。

©2023 JAMES SEARS BRYANT

 人気者が、その行動や発言をきっかけに批判を浴び支持を失うことは、今の日本でもよくある。正義を理由にした排斥、「キャンセル・カルチャー」の怖さを考えさせてくれる。作品中で繰り返し演奏される「スピニング・ホイール」は、印象的なホーンのイントロに続き「上がったものは、落ちていく」と歌い出す。“血と汗と涙”のバンドの運命そのものだ。

『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』
監督:ジョン・シャインフェルド/2023年/アメリカ/112分/©2023 James Sears Bryant All Rights Reserved./全国順次公開中