グラミー賞最優秀アルバム賞を受賞した大人気バンドがわずかな間に消えてしまった。いったい何があったのか? 初めて明かされた真相に、洋楽ファンのジャーナリスト・相澤冬樹も驚愕!

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米政府の思惑が強く働くサスペンス

 そんなに大したこととは思わなかったんだ。“鉄のカーテン”の向こうで本場のロックを聴かせてやろうぜってな感じでさ。ライブ自体は大成功だったけど、まさかこんなことになるなんてなあ……

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©2023 JAMES SEARS BRYANT

 “血と汗と涙”は努力と苦難の象徴。その名を冠したいかにもアメリカンなバンド「ブラッド・スウェット&ティアーズ」(1967年結成)は、ロックとジャズを融合しホーンセクションを配したブラス・ロックの先駆者だ。映画冒頭で響くホーンの「パパパパパ、パパパパーパ」というイントロで「あ、これ知ってる」と気づく方もいると思う。70年代ワイドショーの人気コーナー「テレビ三面記事」で使われていた。この「スピニング・ホイール」という曲を含むアルバム『血と汗と涙』は全米1位の大ヒットとなり、1969年のグラミー賞でビートルズの『アビー・ロード』をしのぎ最優秀アルバム賞に輝いた。

 それから数年、ロック好きの高校生だった私にとってすでに「過去の人たち」というイメージだった。その背景にまさかこんな事情があったとは、映画を観るまで知らなかった。それは一言で言うなら「米政府の思惑が強く働くサスペンス」だ。

 1970年、人気絶頂だったバンドは、米国務省が主催する東欧3か国のツアーに出かける。冷戦のさなかでヨーロッパは“鉄のカーテン”により東西に分断されていた。米政府には、芸術などのソフトパワーで東欧諸国に切り込みたいという思惑があった。